目が覚めたら薄暗い天井が見えた。
私の部屋に似ているようで似ていない、けれど懐かしく感じるここは何処かと思案する。
枕元の時計は逆向きに時を刻んでいて、自分が夢の中に居ると知る。
夢の中で目を覚ますというのもなんだか変な感じだ。
起き上がり、辺りを見回すとモノクロトーンに統一された家具がそっけなく置いてあるのが分かる。
机だとか棚だとか、やはりそれらは本来の自室にあるものとは違って、興味を窓へと移した。
雨が降っている。
部屋全体が余計に薄暗く感じるのはこの小雨の所為だろう。
空気が澱んでいる訳ではないが、風を取り込もうと窓へ手を掛けて気付く。
鍵が付いていない。
ただ枠に嵌っただけのガラスに手を置いていると、後ろからドアが開く音と同時に声が掛かった。


「起きたのか」

「蓮二」


不可思議な夢の中でも彼はいつも通りのようだ。
彼が近くの電気のスイッチを入れたおかげで部屋がふうわりと明るくなる。
蛍光灯の明かりではなく、蓮二自身がここの空気に柔らかみを与えたような光だ。
そういえば、部屋は蓮二のものとどことなく似ている。
置いてある家具には見覚えがないし、もっと人間味のある、例えば私があげた金魚の置物であるとか彼が書き上げた書の一枚のような物は一つもないが、なんとなくそんな気がした。


「気分はどうだ?」

「まあ、普通」

「そうか」


夢の中の蓮二はあまりに普段と変わらなくて、私の頭は結構すごいなと感心する。
彼の歩く動作や私の頬に触れてくる手もありのままで心地良い。
普段から余程蓮二を見ている証拠だ。
夢という場を忘れそうになる現実味の中で、私の髪を弄んでいた蓮二がぽつりとこぼした。


「今回は短かったんだな。三日程しか眠っていなかったろう」

「…みっ、か?」

「ああ。この前は五日間だったし、その前はまるまる一週間だったか」


蓮二が何でもないように答えるあたり、夢ではその長すぎる睡眠時間が常のようだ。
言われてみると、確かにしばらく身体を動かさなかった余韻の気怠さやぎこちなさが気になってくる。
一週間の眠りから覚めた時なんかは上手く立てなかったんじゃないかと思うくらいだ。
頭を軽く振ると辛いか、と訊いた蓮二が答える間もなく私を椅子に座らせる。
かといって私に構う訳ではなく、蓮二は棚から抜き取った黒い装丁の本を栞の位置まで開く。
向かい合わせに座る彼の方へ首を伸ばしてみると、白紙のページが続いていた。


「それ、面白いの」

「面白くないと感じるものを俺が読むと思うか?」

「思わない」

「それに、眠る前にはいつも聞かせているだろう」


何を、と問えば本の中身を、と返ってくる。
眠る前に本を読んでもらうなんて子供のようだ。
けれど私に見えないその文章は、物語かもしれないし蓮二が作った何かかもしれない。
何にせよ柔らかく眠くなるような、優しい話のように思う。
ふと蓮二から視線を外し、彼が入ってきた扉を見やる。
椅子に置いた手にぐっと力を込めて立ち上がると蓮二が目で追ってくる。
私が何処に向かうか察しがついたのか、本を閉じた彼が声を掛けてきた。


「外には出るなよ」

「なんで」

「風邪でも引いたら命に関わる」

「学校は?」

「何を言っている。十年も前に廃止されただろう」


私の名を呼んだ声に力が宿っているみたいに、ドアへ掛けた私の手が止まる。
これを開けてもきっといいことは一つもない。
風邪が人の死に繋がるなんて、人間の抵抗力はどれほど衰えてしまったのだろう。
発達した医療に守られて守られているうちに弱ってしまったに違いない。
学校にしたってそうだ。
十年前ということは、蓮二と私はもう二十代半ばということになる。
彼は普段から大人びた雰囲気をしているから気にもしなかったが、確かに今後ろから抱き寄せてくる腕は大人のものだ。
そのまま見上げると穏やかに笑う蓮二が居た。
やはり、大人の顔をしている。


「どうした?今日は落ち着きがないな」

「蓮二が落ち着きすぎなんだと思う。私を置いて勝手に世界に適応しちゃって」


面白いことを言う、と微笑む彼は私を夢の中の私でないと知っているのか知らないのか。
やんわりと私を締めつける腕ばかり優しくて、こんなところは現実と何も変わらない。
それでも私は早く帰りたかった。
今度目を覚ます時は、蓮二の家の畳の上で、今と同じようにして私を腕に収めた蓮二が眠っているのだから。
彼の香りも夏の匂いも分からない世界は、私には物足りない。


2010605
真夏の昼の夢。
一日遅れだけど柳さん誕生日おめでとう。
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