遠く遠くに仕舞い込んだ記憶は古い映画のような色をしている、と思う。
セピアよりもモノクロに近い世界だ。
カラカラと回る映写機の音は私の脳内の作り物で、だけれど懐かしさに浸る気持ちを禁じ得ない。
本物の映写機など目にしたことは一度もないというのに滑稽だ。
笑ってくれることを願い、目の前の彼に話すと無表情が淡々と呟いた。


「相変わらずめんどいこと考える性分やな」


私に一言だけ放り投げた後、光はカチンとスプーンでティーカップを小さく叩いた。
行儀が悪いと窘めると、おかんみたいなとこも変わってへんと光の声が返す。
さっきから彼はぐるぐるとスプーンを回してばかりで飲む気配がない。
紅茶は嫌いだったか。


「あんま好きくないねん」


ぐびっ、と何とも言えない音と共に琥珀色の液体は光の体内に流し込まれていった。
対して私は少量を口に含む。
美味しい。
けれど紅茶好きである私よりも、長い脚を組んでやっぱり好かんわーとぼやいている光の方がこの喫茶店の雰囲気に合っている気がする。


「まあ、別にええけどな。理由は何だろうと」


意味が分からず首を傾げると光も間の抜けた顔をしていた。
学生時代に付き合っていた頃も、このようなことは度々起こった。
光は私の話をややこしいと言うが、私にしてみれば光の話はぷつんぷつんと途切れていて理解が難しい。
自己完結をしている訳ではない。
彼は頭の回転が早く聡明な男であるが故に、話の結論を出すのが異常に速い。
それに周りが追いつけないだけの話である。


「会いたいて思てくれたんやろ、それで十分や」


そして光は、いつでも理解力の乏しい私に簡潔な結論を教えてくれた。
にこりともしないが、嫌な顔もしたことがない。
光の寛容さには幾度も助けられた覚えがある。
だから私は光と一緒に居たかったのかもしれない。
彼は優しい優しい人間だから。


「…それは本気で言うとんのか」


光が驚いた顔をする。
これも格段珍しいものではない、と思う。
私の言うことが奇抜なのか、私の思っている以上に光が表情豊かであるのか、どちらかは分からない。
ただ、私はこの表情を鮮明に覚えている。
少なくとも私と一緒に居た頃の光はよくこの表情を見せた。
ちらりとモノクロが脳裏を掠め、じわりと胸が痛む。
悲しい痛みではなく、心地良く愛おしい痛み。


「優しいとか、滅多に言われたことないで」


くしゃり、その音が合うような笑い方をする。
驚き顔と違って、光のそれは珍しい。
困ったような諭すような訴えるような何かを愛するような。
私は光の笑顔が好きだった。
今も好きだと思う。
そして光の愛する何かが私であればいいと、数え切れない程願った記憶も残っている。


「せやけど俺の優しさは」


カチン、とスプーンが鳴る。


「好いとる奴限定やから、お前は幸せ者や」


私もそう思う。
しかし光は呆れ顔で少しは照れたらどうだと言う。
それなら光も無表情で言うべきではなかったのではないか。
ごもっともと歌うように返した彼は紅茶を飲み干した。
その時の表情も私の好きなものであって、再びじわじわ愛のような郷愁の念のような何かが、広がる。


20100410
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