「…財前です。宜しくお願いします」


第一印象は、なんだか生きにくそうな子。
飄々として達観した風体ではあるのに、客商売に必須の営業スマイルができないなんて。
たかが働く仲間への挨拶でこの態度では、通常業務の際はどうなることやら、と思わせる様子だった。
総合して見ても世渡り上手とは呼べない男の子、と私の一意見だけを聞けばボロクソだったわけだが。
半年も一緒に仕事をしていれば個性も見えてくるし、可愛げも見えては…こなかったけれど、多少は扱いも心得た。
何より彼は年下で、バイトの経歴から見ても私の後輩。
彼の場合はなかなかの異例なのだが、後輩とは総じて可愛がるべき対象だと私は思っている。


「先輩、寝癖」


棚卸しをしているところに通りがかった財前くんが自分の頭を指差してみせて、そのまま歩いて行ってしまった。
商品の詰まった箱をひとまず置いてみて、軽く頭に手をやる。
身だしなみに気を遣う云々の問題ではなく、外出前に鏡くらい見る。
寝癖じゃないはずだから何かで髪が乱れたのだろうか。
手櫛で適当に整えつつ、思考を巡らせる。
さっき顔を合わせた店長の苦笑いはこれが原因だったのか。
おかしかったなら言ってくれればいいものを。
財前くんがこうして指摘してくれたのは有り難いことだ。
彼の歩いていった方向に目をやれば、他の子と打ち合わせをしているようだった。


「素直な子なんだから」


毒舌王子、とは財前くんがバイトに入った当初に付けられたあだ名である。
綺麗な顔をしてのあけすけな物言いに、店長が付けた。
それ自体に悪気はなかったものの本人が嫌がるのでは、と職場の誰もがそう思った。
しかし「財前はまったく毒舌王子だな!」と馴れ馴れしく財前くんの肩を叩きながら笑って告げた店長に対して、怒るでも呆れるでもなく彼は「はあ、王子っすか」と表情も変えず宣った。
発言者の店長はもちろん、その場に居た全員がぽかんと口を開けたのは記憶に鮮やかだ。
きついのは口調くらいで、財前くんがなかなかに独特の感性を持っているというのは既に周知の事実である。
彼と向き合っている子が心なしか楽しそうに見えるように、確かに財前くんはかっこいいのだ。
その事実を認識したところで、私の心境に特に変化はない。
日々のバイトの業務さえ支障なく進めば、私は平穏だと考える。
転機はそう思っていた数日後に来た。


「…何すか、これ」


どちらかといえば不機嫌の類にあたるような、怪訝な表情の財前くんが私の差し出したものを見つめる。
今日という行事がある日にバイトのシフトが当たったのだ、私は仕事仲間にチョコレートを配り歩いていた。
日頃の感謝の意と、この程度で喜んでもらえるならと、正直なところ大したものは用意していない。
皆がすんなり受け取るさなか、渋ったのは財前くんくらいなものだった。
お返しを気にするほどでもない、可愛げのないただの板チョコなのだけれど。


「義理だよ」

「そういう話じゃないっすわ」

「ああ、そうか。財前くんのことだから学校で既にうんざりなのか」

「…別に」


そう言いながらも目が泳いでいるあたり、彼は素直ではない上に一応目上である私に気を遣っているらしい。
同じ学校ではないが、彼の面立ちならばバレンタインという日の様子にだいたい予想がつく。
仕事に入る前に普段より疲れたような顔をしていたのは気のせいではなかったようだ。
理屈ではなく反射に近い思いで、女子からチョコレートをもらうことに対して身構えている。
これは相当だ。


「私がわざわざあげなくても掃いて捨てるほど持ってるってことね。これは失礼」

「もらってないっす」

「は?」

「アホらしゅうて、一つも受け取ってないっすわ。本命だとかお返しだとか…いちいち喧しいっちゅうねん」


気だるそうに頭を掻く財前くんの辟易とした様子に、想像は外れていなかったかと思い当たる。
受け取ることは義務ではないのだし、彼には遠慮されておこうと考え直して踵を返そうとした。
ちなみに今は私も財前くんも休憩時間である。
休むための時間にわざわざ彼を疲れさせることもないだろう。


「そういうことなら、やめておくよ。悪いことしたね」

「先輩」

「なに?」

「他の働いてる奴らはもらったんすよね、それ」

「まあね」

「なら不公平なんで俺にもください。邪なやつじゃないならカウントには入れませんわ」


表情のないまま淡々と言う財前くんをただ見つめ返す。
相手の提案を押してまで自分の気持ちを見せるなんてなんだか彼らしくない、珍しい発言だと思った。
ふと目を落とすと彼は制服のポケットに手を突っ込んだままだ。
本当に受け取る気があるのか怪しいものである。


「嫌なんじゃなかったの」

「だから、めんどい感情こもってるの限定で御免なんやて。先輩は俺の減らず口を笑って許してくれる貴重な人やし、一応感謝してるんで。受け取ったりますわ」

「色々おかしくない?」

「俺みたいな可愛くもない後輩にまで、チョコレートを用意してくる物好きな人には言われとうないです」


慕われているという表現には語弊があるかもしれないが、財前くんに言われたことが本当だとしたら結構嬉しいものがある。
あの財前くんが、というちょっとした優越感すら浮かぶ。
本人はああ言ったけれど、やはり私は可愛らしい年下の後輩が好きなのである。
素直なのはいいことだ。
鞄に戻しかけたチョコレートを再び彼へ差し出した。


「じゃあ改めて、どうぞ」

「どーも。…あ」

「なにさ」

「やっぱりこれ、先輩の本命として受け取ってもええっすか」

「…義理って言ったじゃん」

「せやけど、俺の邪な気持ちを忘れてましたわ」


その手のひらに板チョコを載せた途端に主旨変えのようなことを言い出すから、さすがに混乱した。
嫌な予感がしたものの、今更返してくれと言っても無駄な気がする。
安っぽい包装紙のそれを手に、財前くんはいやな笑い方をした。


「何を言っても納得しなかった女子らには、バイト先の先輩だけから本命もらったって言い聞かせときますんで」

「うわ、逃げ口上に使うつもりだ」

「感謝しとりますよ、せーんぱい」


今までで一番いい表情で、財前くんが笑う。
まあ、構わないか。
彼がこういう性格なのは既に知っていることだ。
軽く小突くと、くすぐったいのか単に可笑しいのか財前くんがへらっと眦を緩めた。
そんな可愛い顔もできるのね。


20120217
遅刻のハッピーバレンタイン
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