(低速飛行機つづき)

ふとしたきっかけで再会して以来、仁王とはちょくちょく顔を合わせている。
大抵は飲みの誘いであり、学生とはいえ一応成人している私は都合が良ければそれにお付き合いする。
どこで知るのか不思議なもので、彼は美味しいお店をよく知っていて、尚且つそこが学生の財布にも優しいような場所ばかりなのだ。
とはいえ、仁王はよく私を押し切って二人分の支払いを済ませてしまう。
奢りはやめてほしいと以前言ったのに。


「レモンサワー、一つ」

「あ、じゃあ梅酒のホットで」

「お前さん、それ好きやのー」

「おいしいから。仁王だって最初はいつも同じの飲むじゃない」

「まあな」


語尾を伸ばすように気だるく話す仁王はきちんと大人の風体をしていても、持ち合わせる雰囲気は学生と大差ない。
何の仕事をしているのか、一度尋ねたことがある。
仁王はうーんと唸ってから少し言葉を濁した。


「内緒じゃいかん?」

「なんで」

「深い意味はない。が、素直に教えるのもちっとばかり癪な気がするんでのう」


と、その場は上手いことかわされてしまったけれど。
運ばれてきた湯気の立つ梅酒をぐるぐるとマドラーでかき回せば、アルコール分のようなよく分からないものがゆらゆら水中で混ざって揺れている。


「建築関係なんだって?仕事」

「げほっ」


ごく静かに訊いてみれば仁王がむせた。
よほど予想外だったのかもしれないが、こんなに分かりやすい人間だっただろうか。
この年になったら詐欺師なんてもう呼ばれていないだろうし、ペテンのための秘匿術も衰えてしまったのかもしれない。
喉をさすって私を見やった仁王の顔は苦々しかった。


「…参謀か?」

「柳くんには訊いたけど教えてくれなかった。あちこち尋ね歩いていたらそれなら、って幸村が」

「…ピヨ」

「建築って聞くと土木の力仕事のイメージあったけど、割と格式高い事務所で設計やってるって」

「あーあー、それ以上言わんでええじゃろ」


彼にしては珍しく、無理やりに話を打ち切られる。
何がそんなに嫌なのだろうか。
「まあ、俺らの中では確実に勝ち組だね」とやんわり微笑んでいた元部長の彼を思い返す。


「そもそも幸村と連絡取ってるんか、初耳じゃき」

「何言ってるの。いつだかの秋に身内だらけの鍋会に引き込んで、立海テニス部の面々と私を引き合わせたのは仁王じゃない。おかげで大半とは付き合いあるよ」

「面白いかと思ったんが、そのせいで足元すくわれるとは…」


ぶつぶつと不服そうにこぼす仁王の傍ら、私は一杯目の梅酒を飲み干した。
メニューを開こうとした彼の手を遮り、ぐっと距離を詰めれば一瞬びくっとした仁王が固まる。


「…なん?」

「就活真っ最中の身としては、社会人の尊い意見を聞きたいわけですよ」

「ほら、そうなるから言いたくなかったんに…お前さんはほんに抜け目ないというか、悪い意味で聡いというか」

「ふふ」


だって身近に成功者が居るなら、その先駆者にあやかりたいというものだ。
とはいえ、実際には私は文系で仁王は専門的な職種なのだからあまり参考にならないだろう。
重要なのは仁王が仕事の話をしてくれる、ということだ。
そんなのはきっと私の周りで最も貴重な体験だと思う。
困ったように頬へ手をやって、仁王は軽く呻いた。


「学生サンのそういうところは苦手じゃのう…俺らを見る目がどこかギラギラしちょる」

「憧れとか嫉妬とか羨望とか、いろいろ複雑なのさ」

「おお、こわいこわい」


仁王は茶化してみせるけれど、私は彼から視線を外さなかった。
堪えきれなくなったように目を伏せる仁王を見てるのは、楽しい。
困ってるなぁ。


「…奢るから勘弁してくれんか」

「だめ」

「…プリ」


いつもの妙な口癖にも力がない。
こうなったら酔いに酔わせて聞き出してやろう。
仁王のグラスを手に取り、私はそれを飲み干した。
レモンサワーもなかなかおいしい。
ビール二つ、と店員に声を掛ければ隣の仁王が重い溜め息を吐いた。


20111221
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