たとえば些細な言い合いをしたり、メールが険悪な空気で終わっていたり、部活の都合でなかなか会えなかったり、それが理由でまた喧嘩したり。
お互いに頑固だから、こういう諍いは絶えない。
ただ、どれだけ喧嘩しても約束していることが一つある。
どんなに相手の顔を見たくなくても、一緒に学校から帰ること。
そうして意地っ張りな私たちは今までやってきている。


「おい」


その声は、帰るぞとか早くしろとか、様々な意味を含んで重く響く。
部活終了の時間まで大人しく待っていた彼女に対して随分とご挨拶だとは思うけれど、彼の部内での立場を考えれば仕方のないことなのかもしれない。
文化部の私からすれば想像もつかないけれど。
私がスカートを軽く払いながら立ち上がるのを見て、日吉はすぐに踵を返した。
自分もその早歩きについて行く。


「部活、お疲れ」

「別に、うちの部なら普通のことだ」


気遣ってみてもこう、だ。
でも確かに、私も今は日吉の言葉を素直に受け取れそうにない。
今朝の言い争いが半日にも満たない時間で消えるはずがないのだ。
自分の気持ちをねじ曲げて渡して、相手もねじ曲げて受け取るものだから余計に事態がこじれてしまう。
反論は飲み込んで、帰りの道を踏みしめた。
隣に並ぶというには少しずれていて、微妙な距離を保ったまま歩いていく。


「…日吉」

「なんだよ」

「いや、別に。何でもない」


私が話さなければ沈黙はいくらでも続く。
けれど、会話になるような話題なんてない。
意味もなく日吉日吉と名前を呼んでいれば返事をされなくなった。
その後ろ姿をじっと見つめながら、思う。
毎度の喧嘩の度に私はそれなりに気にしているのだけれど、いつだって平然としている日吉はどうなんだろう。
そんなことを考えていればだんだんと視線が下がっていって、ついには俯いてしまう。


「おい。お前、さっきから歩くの遅いぞ」

「えっ」

「あまりちんたらしてると置いていくからな」


日吉がわざわざ脅しを口にしたのに対して、私の足はその場に縫い付けられたように止まってしまった。
大好きな背中が、遠い。
だんだんと離れていく。
声にするより先に、私はとっさに伸ばした腕で日吉を捕まえた。
その手のひらをぎゅっと握る。


「わ、私が悪かったから…」


だから、悪態以外の言葉を口にしてほしい。
私の謝罪一つでこの気まずい空気がどうにかなるなら、と意地も体裁も一時的に捨てた。
驚いた顔で私を振り返ったまま固まっている日吉から、手を離した。
この時間帯、往来に人は少ない。
しばらくの間、どこかで鳴く虫の声だけが聞こえていた。
ふう、と日吉がため息を吐いて口を開く。


「…あれだけのことで、よくそんな思い詰めた顔ができるな」

「だって日吉が、何も喋らないから」

「別にそんな言葉を待ってたわけじゃないぞ」


でも、許してやる。
落ちてきた声にぽかんとしていると、私の手をひょいと取った日吉が歩き出した。
何でもないようにされたけれど、これは結構、恥ずかしい。
さっきは自分からしたというのに急に堪えられなくなって、私は視線を泳がせた。
いつもより少し早くなる歩みを一瞬緩めて「そうだよな」と、今はちゃんと隣に並んでいる日吉が呟いた。


「何が?」

「お前に告白した時点で、恥も体面も捨てたようなものだからな。意地張るだけ、無駄か」


諦めたように言う割に、日吉は小さく笑っていた。
これ以来喧嘩がなくなるとか、そう上手くはいかないだろうけれど、次があったらまた私から謝ろう。
譲歩はしてくれても、決して自分からは謝らない頑固な優しい彼のために。


20110623
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