「あいつはいつもみくだしてるんだ」


日吉くんは変な子だった。
不思議くんと言えばいいのだろうか。
UFOが来るとかお化けが居るとかそういう話が大好きで、度々口にしては満足げにしている。
しかもその話は決まって私が相手だった。
くいくいと服の裾を引っ張ってきた日吉くんは宝物を見せるみたいに輝いた目で私に不思議を打ち明けるのだ。
それが現実になったことは未だない。


「なあに、いきなり」


砂場からぽかんと見上げた先、日吉くんは仁王立ちをして空を睨み上げていた。
じりじりと焼き付くような視線の先を追うと晴れた青空が広がっていた。
今日もいいお天気である。
他のみんながすべり台やら何やらで思い思いの遊びを繰り広げる中、砂場とその前には私と日吉くんの二人しか居ない。
私たちは友達が少なかった。
かといって、私と日吉くんは友達ではない。
寄り合って、他に話し相手の居ない互いの好き勝手を気分のままに話すだけである。


「ばか、どこみてるんだ。あれだ」


右手で日吉くんが空を指差す。
そこには普段と変わらないお日様が燦々と照っている。
日吉くんの言う「あいつ」が太陽であることは何となく分かったけれど、だからといってどうする訳でもない。
しゃがみ込んだまま呆けて空を見る。
周りは私たちにお構いなしで騒ぎ続けていた。


「どうだ」

「でもひよしくん、おひさまはゆうがたになったらおちてくるよ」

「つきとかわりばんこでおれたちをみてるんだ」

「なんで?」

「いつか、こうげきするために」


攻撃。
確かめるように呟くと日吉くんは得意げに頷いた。
日吉くんは難しい言葉をよく使う。
一緒に住んでいるお祖父さんから覚えたのだろう。
お絵描きの時間にも描いたお日様を、また見上げる。


「おひさまはそんなことしないとおもうよ」

「なんでわかるんだ」

「おかあさんが、おひさまはいだいなのよっていってたよ。せんたくものがすぐかわくのよーって」

「ふん、しったようなことを」


砂場にずかずかと踏み込んできた日吉くんの手が、ぺちんと私の頭に当たる。
いつもと同じだった。
私の意見が気に入らない日吉くんは痛くない攻撃をする。
それでも悲しいことに変わりはなくて、じわじわと涙が止まらなかった。
日吉くんは俺は悪くないぞと言わんばかりに、堂々と立って私を見下ろした。
慌てて先生が駆け寄ってくる。


「若くん、また喧嘩したの」

「してません」

「首にもちゃんとスカーフを巻きなさい」

「いりません」

「他に言うことがあるでしょう」

「げこくじょう!」

「謝りなさい!」


先生に叱られている間、日吉くんはむっと口を一文字に結んでいた。
あまりに日吉くんが言い返すから先生の話は長引く一方で、私の涙がいつも先に乾いてしまう。
日吉くんは変な子だった。
不思議くんだし、意味も知らないで下剋上をやたら使うし、けれども常に自信満々で。
私は日吉くんが嫌いではなかった。
出来れば友達になりたいとも思っていた。
日吉くんが空を指差した時、私は空が美味しそうな色をしているとぼんやり考えていた。
このことを明日話したら、日吉くんはどんな顔をするだろうか。


20100325
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