「桃城くんって、こう、すっごい跳ぶよね」


袋から出したジャムパンを二つに割りながら言えば、平均の倍くらいあるお弁当をがっついていた彼がぴたりと止まった。
少食の私からすれば、彼の選ぶ全ては規格外の予想外で、知り合い始めは「そんなだから小さいんだな」「そっちこそ、そんなだから大きいんだよ」と言い合う始末だった。
箸休めにスポーツドリンクをすっかり飲み干した桃城くんは首を傾げつつ言う。


「それって俺のダンクのことか?」

「うん、そう、それだ。名前が出てこなくて」

「よく跳ぶって言ったらあれだろ、俺にとっちゃ菊丸先輩のイメージの方が強いんだけどなー。氷帝にも居るぜ、そういう人」

「ああ確かに…」


私は部活も文化系だし、スポーツには詳しくないからよく分からない。
一学年上でよく跳ねる菊丸先輩に対しても、あんなに動いてよく疲れないなぁとそれくらいしか思えないのだ。
そうじゃなくて、私が桃城くんに思ったことは別にある。


「桃城くんはここぞという時に思いきり跳ぶでしょう。だから清々しいというか、見ていて楽しいよ」

「へー、そんなもんか」

「うん。結構前から試合は見てたけれど、そう気付いたのは最近かなぁ」

「素人目に見てそうなら、俺のジャンプ力も捨てたもんじゃねーな」


にかっと笑った彼に、何と返事をするでもなくパンをかじった。
こんな顔をできるのは羨ましい。
彼だけでなく、多くの人は必死になる何かを、愛する何かを持っている。
そういう人は、キラキラして見えるのだ。



「また来たの?」


テニスコート近くの木陰で寝転がっていた越前くんが欠伸を噛み殺しながら言った。
金網に手をかけてぼんやりとしていた私は振り返り、折角だから彼の隣へ腰を下ろした。
桃城くん経由で知り合った越前くんは愛想はないけれど、テニスがとても上手いと聞いた。
やっぱり現実味はない。
隣の彼は年相応の幼い中学生にしか見えないからだ。
桃城くんといい越前くんといい、私が知らないだけで彼らはすごい力を秘めているんだろう。


「先輩って、桃先輩のこと好きなんでしょ」

「そう見える?」

「こういう話は普段しない俺が首を突っ込みたくなるくらいには」

「ははは」


笑った声はパコン、と響くボールの音に紛れていく。
この場所はいいなぁ。
運動部の熱気とその心地よさが目一杯伝わってくる。
この後輩は練習もせずにこんな特等席で先輩たちの姿を見てるのね。


「越前くんも知ってるでしょう。花より団子な人ってことは」

「…先輩はお花?」

「そういうつもりじゃないけど。色恋よりテニス、そんな人ばっかりでしょ。ここは」


それが嫌いではないと感じる自分が居る。
いいと思う。
時間は限りあるものだし、使い方は各々の自由だ。
私の笑顔から察したのか、越前くんも黙ったままコートを見ていた。
私はみんな、今隣に居る君も、あそこで笑ってるあの人も、羨ましいよ。


「花より団子か…ね、お団子買ってお花見に誘ったら、桃城くんなら絶対来ると思わない?」

「なんつーか、先輩も相当っすよね。前向きすぎて」

「可愛くないぞー、越前くん」

「そういうところは桃先輩そっくりだよね」


呆れたように言いながら、それでもこんな話に付き合ってくれる人が居るのは有り難い。
輝く人というのは、そうでない人にとっては眩しく恋しいものなのだ。
恋しいから、いつかは手に入れたい。
休憩の笛が鳴って、こちらに駆けてくる彼の姿が見えた。


20110226
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