「なんで合宿の場所が、テニスコートのない温泉地なんだろうな」


隣で笑って呟いた日吉くんが怖い。
その嫌みたっぷりの笑顔はあれだ、絶対跡部部長に向けられてるんでしょう。
本人はここに居ないけど。
もう二人、私の近くに居た男の子たちは日吉くんほどこの状況を気に掛けてはいないようだ。
切原くんは不機嫌な日吉くんに絡んで返り討ちを食らってるし、財前くんは耳から外したイヤホンを弄んでいた。
…というか、今まで音楽を聴いていて日吉くんの話も聞いてなかったらしい。
自由な二年生が旅館に残ったなぁ、なんて思う。


「おいマネージャー、跡部さん含め他の部員はどこ行った」

「え、確か観光に行くって」

「………」


日吉くんが頭を押さえている。
お疲れ様です。
氷帝、立海、四天宝寺と珍しく強者三校合同のこの合宿に、氷帝テニス部マネージャーの私もついて来た。
けれど、山奥も山奥の温泉街にはテニスコートはおろかコンビニすら滅多にない。
日吉くんはそれが理解できないし、したくないらしい。
私としては、もう跡部部長の奇行には慣れました。
あの人なら空も飛べるはず。
個性的な四天宝寺をまとめる部長さんはともかく、厳格な副部長さんを押さえ込んで、立海の部長さんが笑って話に乗ってきたのには驚いたけど。


「立海の部長さん、綺麗な人だったなぁ」

「でもめちゃくちゃこえーんだぜ!」

「あ、そうなの」

「鬼の居ぬ間になんとやら、か。ええ度胸しとるなぁ切原」

「あっ内緒な!内緒!」


切原くんはバスで会った時から今の今までずっと賑やかで、なんだか話しやすそうな人だ。
ただ、さらりと話に入ってきた財前くんには少し驚いた。
どんな人かなぁと眺めているとぱちりと目が合って軽く会釈された。
わ、礼儀正しい。
会釈を返しながらそう思った。


「で、俺らこれからどうすればいいん」

「あ、それなら跡部部長からメールが。休むなり遊ぶなり自由だって」

「お前、跡部さんとメールしてるのか?」

「うん、部活の用事とかで」


簡単に返せば日吉くんは面白くなさそうにふうん、と呟いた。
また私にはよく分からないあれこれを考えているんだろう。
テニス部には不思議な人が多いから、体調管理などはともかく思考回路まではマネージャーの管轄外だ。
そういえば切原くんが居ないな、と思ったところで彼がロビーのある方角から戻ってきた。
その手には何故か卓球のラケットとピンポン球。


「小さいテニス!っつーことで卓球やろうぜ、暇だし」

「遊びだろ。馬鹿馬鹿しい」

「ははーん?日吉、負けんのが嫌なんだろ」

「…挑発に乗ってやる気はないんだが今のはムカついた」


なんだか不穏になってきた空気にどうしようかオロオロしていると、財前くんが一つ溜め息を吐いて私の側までやって来た。


「付き合ったるわ」

「え、財前くんもやるの?」

「あんただけじゃ、あいつらの面倒見きれんやろ」

「やっぱり財前くんっていい人…!」

「は?」


私の第一印象は間違ってなかった。
借りてきたスコアボードを財前くんと用意していると、なに笑っとんねんと言われてしまった。
どうやら第一戦目は日吉くん対切原くんらしい。
今更だけど全員湯上がりなので格好は浴衣。
ちゃっかり温泉に入ったあたり、日吉くんもこの環境に慣れてしまっているのではなかろうか。
浴衣で卓球なんて、昔家族と行った旅行を思い出す。
テニスのようにラケットを相手の切原くんに向け、日吉くんが言った。


「負けた奴が勝った奴プラスこいつの分のフルーツ牛乳奢りってことで、どうだ?」

「いいねぇ、罰ゲーム。面白くなってきた!」

「え、いや私の分はいいよ…」

「言っても聞かんやろ、奢られとき」


まあ俺は負けへんから奢らんけど、って財前くんがさり気なく格好良いことを言った。
前を見れば、日吉くんがすっかり乗り気になっているのがよく分かる。
やっぱり勝負事には彼の下剋上精神が顔を出すのだろう。
切原くんがサーブをしたところで、隣の財前くんが話し掛けてきた。


「氷帝のマネやったか。同い年やろ?」

「うん、二年です」

「敬語使わんでええわ。タメなんやし」


ちょっと笑った財前くんが呼んでくれた名前がなんだか嬉しい。
彼とは雰囲気が合う感じがする。
ほわほわと和んでいると、点を決めた日吉くんが私を睨みつけた。


「きっちり得点数えろ!」

「うわ!は、はい!」


人間誰しも大声で怒鳴られたら、反射的に萎縮してしまう。
マネージャーですもんね、仕事サボったらいけません。
財前くんもびっくりしたようで、小さい声で大変やなと労ってくれた。
そうこうしている間も試合は進んでいたらしく。


「馬鹿かお前、卓球でテニスの技を使っても出来ないに決まってんだろ」

「ちくしょー、次こそ決めてや…」

「あ、勝負あり。日吉くんの勝ちだよ、切原くん」

「はあ!?」


サーブしかけた切原くんにマッチポイントとか言えよ!と怒られてしまった。
すみません、さっきまでサボってました。
隣で財前くんが立ち上がり、切原くんからラケットを受け取った。


「奢らんからな」

「う、うん。頑張って」


にっと笑った財前くんを見送れば、日吉くんも財前くんを見据えている。
…あれ、さっきより不穏な空気を感じる。
隣には悔しがる切原くんが座った。


「四天宝寺の天才、か。次の試合はテニスでやりたいもんだな」

「こっちの台詞や。悪いけど、下剋上は阻止させてもらうわ」


切原くんが鳴らしたゴングで試合が始まった。
どこから持ってきたの、それ。


20101023
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