やたらと風が寒い日だったように思う。
冬と呼ぶにはまだ早く、夏はとうに過ぎ去った頃。
秋は曖昧な季節だ。
寒さも暑さもふらふら不安定で、街行く人々の着ている服もバラバラ。
好きな服を着ていたいのに、いい年をした女としてのファッションは何事も季節先取りが常識だ。
面倒臭い事情だと思う。
その日も厚めのカーディガンを羽織っていたのがだんだん暑くなって、脱いで鞄に押し込むとひゅうと冷たい風が心地良かった。
周りの景色にそぐわない自分が可笑しかったり。
恥ずかしいと思えないところが、20を越したというのに私の幼いところだ。
歩調を先程より早めると、前方がうっすら明るい。
ぼんやりさせていた視界をはっきりして見ると、暗い色合いの服に映える銀髪がしっぽを連れて揺れている。
他の誰と見間違えるはずもない。
わざと追いつくのも面倒だとそのままの速度で歩いていたら、距離が徐々に狭まってくる。
のたりのたりと歩く癖は相変わらずのようだ。


「仁王」

「…おう」


隣に並んでいきなり声を掛けたというのに平然としている。
真田や切原くんならもう少し面白い反応をするだろうか。
私が外部の高校を受けて中学を卒業して以来、仁王と会うのは初めてだ。
それなのに、髪型も髪色も変わっていないからすぐに気付いた。
少しだけ襟足は以前より長い気がする。
見上げた先は、高い。
また随分と背が伸びた。


「相変わらずちいこいのう、お前さんは」

「なんだ、あまりに反応が薄いから忘れられてるかと」

「参謀と並んで首席で卒業しておいてよく言えたもんじゃ」

「ああ、柳くん。その響きまでなんだか懐かしいよ」


テニス部の人とはよく会うの、と言えばまあの、と歯切れの悪い返事が寄越された。
人付き合いの薄い仁王のことだ。
まあまあということはよく会っている方なんだと思う。
丸める背中と寒い日のくぐもるような話し方と、変わったのはその首に巻かれているマフラーが学校指定のものではないことくらいか。
そもそも、この時期にマフラーは早すぎる。


「それ、暑そう」

「お前さんは見てて寒いのう…」

「やだ、口調も合わせて仁王がおじじ臭い」


おじじとは何じゃ、と仁王が呟いたが同時にマフラーを口元へ引き上げたためによく分からない声になった。
言い返す気力もほとんどないらしい。
仁王がどこに向かうのか、私がどこへ行こうとしていたのか。
今は忘れることにして、隣の仁王を見上げる。


「その雰囲気、社会人っぽいね。仁王は働いてるの?」

「働いたら負けじゃと思うとる」

「は、」

「嘘じゃ」


ぺろっと舌を出した仁王がすぐにそれを引っ込めた。
相変わらず食えない男だ。
私が呆けていると、仁王が急に寄ってきて私のスカートの端をひょいと摘み上げる。
無表情からは何のやましさも感じず、私はされるがままにしておいた。


「お前さんこそ大学生って感じするのう、このみじっかいスカート」

「なして短いを強調するかな」

「…寒う」


自分が穿いてる訳でもないのに、ぱっと手を離した仁王が自分の肩をさする。
あ、一瞬スカート姿な仁王を想像してしまった。
笑えるほどには似合わない。


「同い年でも大学生と社会人では遠いねぇ」

「そんなことなかよ」

「そう?」

「そうじゃ。ああ、でも大学生が社会人に素直に奢られとくのは基本やけ」


ちょいちょいと手招いた仕草は私を連れて行く気があるのかないのか。
鍋好きか、と聞かれてキムチ鍋以外は、と返す。
携帯電話を取り出した仁王は電話口の相手に一人追加だの何だのと話していた。
鼻の頭が赤い。


「鍋会をするんでの、お前さんも来るとええ」

「季節先取りすぎじゃない?」

「うちは寒がりが多いんじゃ」


にか、と笑った仁王の表情は幼かった。
「うち」という言葉がこんなに温かく聞こえたのは初めてだ。
きっと賑やかな面子が仁王を待っているんだろう。
そうだね、こんな季節先取りなら悪くない。


20101019
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