何をすれば付き合うってことになるんだろう。
私が付き合う相手通算一人目の彼に対してこんなこと、仄めかす程度でも話したことがない。
いつだってあっちは変わらない笑顔で、私にはない余裕があるのだから。


「なーに変な顔してるんだにゃ?」

「変って失礼よ、英二」

「にゃはは、ごめんさーい」


同級生の邪魔くさいちょっかいをあしらいながら、再び考える。
いくら彼と仲良しとはいえ、英二に相談するのは気が重い。
そもそも英二に恋愛の話題ってありなの?
彼女の話なんて聞いたことがない。
けれどお調子者で人気なこいつのことだから、恋愛経験皆無ということも考えにくい。
私は俯きがちのまま口を開いた。


「ねえ、英二」

「英二なら大石のクラスに行っちゃったよ」

「…不二?」

「うん。英二じゃなくてごめんね」


ごめんね、なんて分かって言っているのだろうか。
いつの間にか英二と入れ替わるように前の席に着いていたのは、一応私の彼氏である人。
一応なんて言葉を付けてしまうのは先に書いた悩みのとおり、私と不二に明確な関係を形作る何かがないからだ。
まさに友人の延長上の彼氏彼女。
何をすれば、彼の彼女であるとしっかり言い張れるようになるのか。
そんなことが最近よく頭に思い浮かぶ。
私は元来考え込むのが苦手なので、大抵は結論が出せずに放棄する。


「英二に何か用だった?」

「うん?ああいや、大したことじゃあないんだけどね」

「そう」


不二は特に気にする様子もなく、不意に私へ手を伸ばした。
私が思わず身を引くと不二はちょっと笑って手を下ろす。
こんなことは日常茶飯事だ。
彼といったら周りだって場所だって気にしない余裕があるものだから、身構えるのは私ばかり。
気まずい思いをしていると、不二はやっぱり何でもないように会話を始めた。


「そうだ、ちょっと頼みがあるんだけど」

「頼み?」

「うん、英二のこと呼んでみて」

「…英二?」

「じゃあ僕のことは?」

「不二」

「…うーん」


困ったように不二が苦笑いをする。
あ、今の顔なんか可愛かったなぁ。


「英二は名前で僕のことは名字?」

「えー、いや、みんなそう呼ぶし」

「みんなってテニス部のことだよね。僕は君のこと、彼女だと思ってるんだけど」


真顔で呟いた不二から顔を背ける。
彼女、なんて。
周りからそう形容されてくるのに慣れてはいたけれど、面と向かって付き合っている本人から言われてしまうと気恥ずかしい。


「うん、まあいいよ。今はこれで」


何の話かと顔を上げたところで、唇に柔らかい感触があった。
それが何を意味するか分からないほど疎くない。
けれど馬鹿みたいに熱くなった顔ではどうすることも出来ず、私は離れていく不二をぼんやり見ていた。


「英二、呼んでくるね」


私の頭を軽く撫でて、不二は教室を出て行ってしまった。
今更そんなこと、意味がないのに。
私は不二のことを相談したかったんだよ。


「あー…恥ずかしい人だなぁ」


教室の中のざわめきに紛れるように呟く。
さっきの不意打ちが初めてだということは、私の一生の秘密だ。


20101219
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