始め、彼を見た時は生徒だと思わなかった。
もちろん制服やそこに縫い付けられた校章が目に入らなかった訳ではないけれど、彼が持つ何処か静謐で厳かな空気が一番に感じられたのだ。


「よく来るね。本は好き?」


話すことはないと思っていたところにそう声を掛けられた時は、動転して碌な返事ができなかったことを覚えている。
彼はまた少し顔を俯け、口元にはうっすら笑みを浮かべて、私の貸出カードに日付を書き込んでいた。


「好き…というべきか、実は今までほとんど本を読まなかったんです」

「ふふ、正直だね。それで?」

「けれど、最近は興味が」


興味が、湧いて。
彼がカードを持つ指先に目が行った。
細い、けれど何かを一生懸命に練習している手だと分かる。
それが例えば楽器なのかスポーツなのか、それまでは分からない。


「最近になって、か。なんだか、人のそういう姿勢は好ましいな」

「そんな大層なものではないです」

「そうかな?ここって広い割にそんなに人が沢山来る訳じゃないからね。君は三日も続けて同じ時間帯に来るから、覚えちゃったよ」

「…三日、」

「とは言っても、本当は図書委員じゃないんだ、俺。人に頼まれてしばらく仕事してるんだよ」


自分が無意識に図書室へ通い詰めていたこと、彼の代わりにいつかは他の人が来ること。
それを知って、私は緩く開いていた手を静かに握りしめた。
話してみれば穏やかな優しいお兄さんのようなその人は、私の様子に僅かに首を傾ける。


「馴れ馴れしくし過ぎたかな。ごめんね」

「…いいえ。もっと、出来ればもっと、お話をしたいです」


いつ終わるとも知れないまま、ひっそりと会いに来るのは私の性には合っていない。
自分の中でただ静かに存在する感情が、彼へ向けられたものかどうかも定かではない。
私の言葉をじっと聞いていた彼は、しばらくしてくるりと踵を返した。
カウンターの奥の扉に手を掛け、ゆるやかに微笑んだ彼が振り向く。
さらりと落ちる髪が目を引いた。


「それじゃあ、落ち着いて話そうか?」


カウンター奥の小部屋には、小さなテーブルと椅子、それと簡易な給湯室があった。
招き入れられた私は、自分が言い出したことながらおずおずと声を掛けた。


「あの、お仕事はいいんですか?」

「きっと君が最後だから構わないよ、もう閉める時間だし。…君はいつもこの時間に来るね」

「はい、…夕陽が綺麗で」

「ああ、成程。図書室の窓は大きいから、よく見えて綺麗だよね」


言葉を交わしながら、彼はてきぱきとお茶を淹れていた。
小さな部屋に心地良い香りがふんわり広がる。
どこか楽しそうにティーカップを運ぶ彼は、紅茶が好きなのかもしれない。


「はい、どうぞ」

「ありがとうございます」


二人で腰を落ち着けてミルクティーを口に運べば、どちらからともなく溜め息がこぼれた。
美味しい。
とても美味しいけれど、それをわざわざ言葉にするのは少し無粋な気がして、私はこの静かな空気まで味わうことにした。
彼は、昨日と一昨日もここで過ごしたのだろうか。
そこにぽつんと紛れ込んだ私。
なんだか、無性に嬉しかった。


「俺は三年の滝萩之介。君は?」


あ、やっぱり先輩だったんだ、なんて今更なこと。
この場所だけ時間がゆったり流れるような錯覚を感じながら、ミルクティーの香りが満ちる茜色の夕陽が差し込む部屋で、私は口を開いた。


「私の名前、は」


20101209
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