ふと足を止めて、それに気付いているだろう彼は私を待つことなく歩みを進める。
意味なく止まるなら置いていくと言いたげな後ろ姿だ。
そこで私が日吉、と呼んだらきつい目がこっちを向いた。


「お前が散歩するって言い出したんだぞ」

「ああいや、少し思うことがあってね。怒った?」

「別にこのくらいでは怒らない」

「うーん、私は手探りだからさ。日吉は怒ってるように見えるし」


今度はきちんと不機嫌になった日吉に歩み寄る。
きちんと、と言うのも何か変だけれど。
日吉の背中に片手を当ててじっとしていると、訝しげな視線を向けられる。
振り払いはしないのが日吉の優しさだと思う。


「なんだよ」

「広い背中だなぁ、とか思って」


思わず立ち止まってしまった理由はそれだった。
並んでいるとなかなか見えないけれど、私服の背中は普段より大きいように感じる。
実際私よりずっと広く大きいのに、見慣れた制服やジャージの姿ではそのことを見失ってしまう。
ぼんやりしていると日吉の表情がさっきと少し変わっていた。


「変な顔しやがって」

「変?」

「俺はお前から遠くならないように努力してるってのに」


私は寂しそうな顔でもしていたのだろうか。
分からないことだらけの私が初めて付き合ったのが、日吉だ。
日吉は表情が読みにくいけれど、ふとした仕草が感情をよく物語っていて分かりやすいと思う。
素直な人なのだ。
だから初な私でも側に居て困ることがない。


「手」

「手?」

「出せって言ってるんだ。行くぞ」


何でもないように掴まれた右手を日吉に引かれて、歩き出す。
手を繋いだのなんて初めてだ。
横から見上げていると「お前の手、冷たい」と苦い声が降ってくる。
それなのに、日吉は力を緩めてはくれなかった。

(あなたと居る時間は淡い紅色のようで)


20100828
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