ゆらゆら揺れる硝子の水の向こう、にんまりと笑う仁王が居た。
つい、と楽しげに指を滑らすと透明な壁の向こう、紅色の金魚が白い指先について泳ぐ。
彼のお気に入りは縁日に買った。
仁王も私も金魚すくいが本当に下手くそで、お店の人がおまけでくれた赤黒それぞれ一匹ずつ。
きっと普通に買えば払ったお金よりずっと安かったろう。
けれどその思いは互いに口に出さず、仁王はただ嬉しそうに水と魚が揺らめく袋を差し出すだけだった。
夏の幻想が仁王の笑みで深められた気がした。


「祭り行かんか」

「いつ?」

「来週の日曜」


輪郭がぼやけたままの仁王が構わずに話しかけてくるので、私が水槽の反対側に回る。
隣に座り込んで何をするでもなく金魚鉢を眺めた。
わらわらと寄った私たちを分かっているのかいないのか、水槽の中の二匹も近くまで寄ってきていた。
驚かせない程度の力加減で仁王はとんとん硝子を叩く。
呼び掛けているみたいだ。


「先週も先々週も行ったよね」

「覚えとらんのう」

「よく言うよ、行きたがっては毎回暑さでバテるのにさ」


暑いもんは暑いから仕方なか、もそもそ呟いて仁王は黙り込んでしまった。
まあ行きたいものは行きたいんだから仕方ないよね、そう返して私は金魚の餌を手に取った。
食べ残しは水槽の汚れの原因になるので、少しずつ金魚が食べきる量を入れていく。
水面に浮かんできては、上手く一口で食べたりなかなか餌を捕まえられなかったり、わたわた泳ぐ金魚を仁王はやはり愛おしそうに見ていた。


「うん、行こうか」

「毎回渋る割に一緒に行ってくれるのは自惚れてもいいんか」

「まあ、ご自由に」


ぱらぱらと散った餌の独特の匂いがする中、少しだけ目を閉じる。
電車で遠出をする時の高揚感と、その帰りに仁王の肩にもたれながら緩い時間を過ごすのは、私だけの夏の風物詩のように思う。
出不精の私を夏の夜へ連れ出す仁王の力は大きい。


20100620
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