彼の背中を追い掛けてきた。
もちろん私は追い掛けることが好きなのではなくて、彼の背中だから、相手が彼だから出来たことなのだ。
前を走る眩しい姿を見ていたかった。
それで十分だった。
しかし、打ち明けた彼は今、私に手を差し出している。


「なに、宍戸」

「来いよ」

「…言ってる意味がよく」

「隣に来いって言ってんだよ」


まっすぐな視線には光が宿っている。
やはり、彼は斯くも眩しい人間なのだ。
そういうところが好きだ。
飾らない言葉が好きだ。
走っている、背中、が。
結局、私は宍戸の手を取れない。


「俺は、ずっと知ってたんだ。見てきたんだよ。お前が追い掛けてくるのが嬉しくて、余計に頑張んなくちゃなって思って。だから、隣に居るならきっと今より嬉しい」

「私は宍戸みたいに頑張れないよ。頑張る努力もしてないし」

「そんな奴なら、俺はとうに見放してる」


宍戸の言葉には力がある。
だから、いけない。
沢山沢山聞いてしまったら私はきっと宍戸の手を掴んでしまう。
私はそんな形で彼と並びたい訳じゃない。
だから一番いい方法を取ってきたのに、さっき宍戸に話してしまったから。


「無理だよ」

「無理とか言うな」

「私は駄目だよ」

「だから駄目とか言うな!」


誰が相手でも、宍戸は諦める姿勢を嫌う。
私の言葉にまた、視線の光が増した気がした。
きらきらしてるなぁ、なんて場違いなことを思う。


「…なんでそう、逃げるんだよ」

「今は良くても、私はいつか自分が許せなくなる。それは今逃げるよりよっぽど酷いことだよ」


私が何かを追い掛けるのは、宍戸と同じ理由ではないのだ。
宍戸が好きだから、そんな不純な理由では努力にも限界が来る。
まっすぐな彼に追いつけない日が来る。
愛で全てが適うと驕るつもりはない。
今更、思った。
宍戸に追いつけるなんて、きっと宍戸一人しか居ない。


「お前は、そう思うのか」


伸ばされていた手が握り拳に変わる。
ぎゅう、と痛そうな音がして、宍戸はほんの少し悲しそうな顔をした。
鋭い視線が緩む。


「隣には居てくれないんだな」


そろそろ私も諦める頃だろうか。
分かってしまった今では、もう元には戻れない。
走り続ける宍戸を、私は立ち止まって見送ることに決めた。
宍戸なら行きたいところに行けると信じて。
だから私には、あなたの背中だけで十分よ。


20100710
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