この広い学園を初めて狭いと思った。


はらはらと絶え間なく散る桜は少し鬱陶しいけれど、今日という日には相応しいと思う。
あの人に贈るならば、このくらいの花束が丁度いい。


「日吉?」


聞こえた声に振り返ると、少し目が赤い先輩が居た。
手には学園生活を終えた証の筒と、抱えきれない程の花束。


「すごい量の花ですね」

「さっき鳳くんと樺地くんに貰ったんだ。ふふ、綺麗だよね」

「そうですね」


嬉しそうにはにかむ先輩を引き留めたいと思ってしまうのはやはり俺のエゴなんだろうか。
今日まで一つの年の差を恨めしく思うことはなかった。
先輩は何時だって俺の近くに立ってくれていたから、悔しいと思う気持ちに今更になって気付く。


「でもね、跡部くん達にも貰ったんだよ。同い年なのに変だよね」

「みんな、先輩が好きなんですよ」

「ふふ、ありがとう。日吉はいいの?先輩達とお別れしなくて」


先輩の指差す先にはでかい背中を丸めて大泣きしている鳳と、それを宥める宍戸さんが居た。
二人だけじゃない。
跡部部長、忍足さん、向日さん、芥川さん、滝さん、監督も居る。
樺地は相変わらず跡部部長の側に立って、女子があの人に手向けたであろう大量の花束を両手に持っていた。
ああ、部長じゃなくて元部長だったか。


「寂しい?」

「以前より、静かになるんでしょうね」

「賑やかなメンバーだったからね」


張り合いがなくなる、と言った方が俺には合っている気がする。
あの派手な元部長は勿論のこと、今隣に居るこの人だって。
それはまるで穴が空いて塞がらないように。
情けないけれど、認めざるを得ない。


「そうですね、寂しいかもしれません」


ぽつりと零して視線を先輩に戻す。
人の気持ちに聡いこの人は、俺の気分が沈んでいるのによく気が付いた。
その度に小さな手で髪に触れてきて、止めてくださいと言っても聞かずに頭を撫でられた。
それが密かに心地良かったことを、告げるつもりはないけれど。


「泣くと思ってました」


手を伸ばして頬に触れると、滴がいくつも指先を伝って零れ落ちた。
ゆっくりと頭を撫でると、袖で涙を拭っていた先輩が顔を上げた。
いつも俺が貰っていた気持ちを、少しでも返せたらいい。


「卒業、おめでとうございます」


指通りのいい髪に一つ、花の髪飾りを付けた。
どうせ花束はもう持てないだろうから、俺から贈るのはこれだけでいい。
濡れた目尻に唇を寄せると、遠くでテニス部員達が騒ぐ声が聞こえた。


広い世界へ旅立つ彼女に捧ぐ
(追いついてみせます、あなたに)



20091113
高等部という近く遠い世界。
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