「柳は、生まれ変わったら何になりたい?」


毎回、唐突な奴だと思う。
今は総合学習の時間で教室内は話し声で満ちている。
それにしても、一応授業中だ。
黒板前で突っ立っている実行委員の為に何か案を考えるとか、そういった思いやりは無いのか。まあ、こいつには無いな。
そう思いつつ、耳を傾けてしまう俺も十分不真面目であることは重々承知している。


「文化祭なんてどうでもいいんだよー。ほら、質問の答え」

「今は現世で手一杯だからな、俺にはまだ不必要な質問だ」

「はは、柳らしい答え」

「まあ、今と全く違う人間になって他の人生を過ごすというのも興味深いな」

「ふーん?」


笑って、ぺたりと机に頬をつけた体勢になった名字がこちらを見上げてくる。
きっと委員の話は最初から聞いていないのだろう。


「お前はどうなんだ」

「ん、」

「生まれ変わったら、という話だ」


問いかけるとぼんやりした表情が窓へと向いた。
俺が居る方向とは反対で、さらりとした髪が机に散らばる。
目を背けた、というより空を眺めているようだ。


「……雨」

「見ての通り、今日は晴天なんだが」

「違うよ、なりたいもの」


雨、ともう一度呟く声が聞こえた。
表情を見せないまま、名字はつらつらと語る。
大気中の水分として存在し、いずれは滴となって落ちてくる。
全てに等しく降り注ぎ、太陽が出ては蒸発してまた空へと還る。
そんな繰り返しをしてみたいのだと。


「随分と退屈そうな人生だな、人ではないが」

「いいと思うんだけどなぁ」

「俺は困る。お前と話せないとそれこそ退屈だ」


淡々と言ってやると名字がこちらを振り返った。
俺は手元の文庫本に目を向けているが、気配でそのくらいは分かる。


「お前が雨になってしまったその時は、掬い上げて口付けるまでだ」

「…蓮二」

「寂しがりのお前には丁度いいだろう?」


学校では呼ばないと決めていた俺の名前をあっさり口にしてしまう程、動揺したらしい。
ばか、と小さく唸った名前は赤い顔を隠すように伏せてしまった。
面白いと、そして愛おしいと思った感情の赴くままに手を伸ばす。
机の下で互いの指を絡ませると名前がまた「蓮二、」と俺を呼ぶ。
こうして繋いでおけば、きっと彼女は逃げない。
どの世界でも見つけ出して、愛してやろう。
人間のお前を手放す気はないからな。


溶けた恋情



20091023
参謀は甘やかすのが上手い
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