幸村くんを怒らせてしまった。
彼が私に怒りを示す時はいつも同じ態度だ。
口を聞かない。
その一点張りは子供のようで、拗ねた顔がますますそれを助長させる。


「ねえ、ごめん」

「……」

「そんなに幸村くんの気に障るとは思わなかったんだよ」


くるりとこちらを向いた幸村くんは不満たらたらの視線で私を見る。
少し怖い。
なんで俺の言うことが聞けないのさ。
そう言われた気がした。


「勝手に髪染めた」

「ごめん」

「しかも仁王に」

「だってまさくんは慣れてるから」

「名前で呼ばないでよ」


幸村くんがまた背を向ける。
彼の背中越しに見えるのはいつかの私だ。
真っ白なキャンバスに、彼が描いてくれた自分の姿がある。


「また描き直しだ、はあ」

「ごめん」

「別に謝ってほしい訳じゃないよ。君の黒髪はもう戻らないし」

「精市くん」

「うん」


幸村くんが立ち上がると木製の椅子が安っぽい音を立てた。
美術室は幸村くんの領域だ。
いつ来てもこの場所は幸村くんで満ちている。


「この色が嫌な訳じゃないんだ」

「うん」

「今度染めたい時は俺がしてあげるから」

「手が汚れてしまうよ」

「その口振りは、仁王に悪いんじゃないかな」


俺の手はいつも絵の具に塗れているからいいんだよ、と幸村くんが言いながら私の髪をさらさら触る。
それでも幸村くんの指は白くて綺麗だ。
この手がテニスをして、絵を描いて、花を育て、私に触れてくれる。


「…うん、この色も君に似合うね」

「ありがとう」


目を細めた幸村くんの手がわしゃわしゃと絶え間なく私を可愛がる。
私が、彼の色に染めてほしいと思う日はそう遠くない。


滲み出る彩り



20100311
彼女の髪は何色か
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