名前先輩が好きだ。

俺が勝っても負けても先輩は「頑張ったね、赤也」と笑って頭を撫でてくれる。
相手を怪我させたりした時は拗ねたような顔をして(だって先輩が怒っても怖くない)俺を小突く。
でもやっぱり、その後は必ず頭を撫でてくれるんだ。
ふわふわと髪をかき混ぜられると、俺の気分もふわふわして疲れだってぶっ飛ぶ。

休憩の度、俺は先輩の元へ走った。
暑いとか喉が渇いたとか、とにかく理由は何でも良かった。
だって先輩が、困ったように、可愛く笑うから。
時々はタオルで俺の髪を拭いてくれる。
先輩の手つきはやっぱりふわふわしてて、年下な自分を褒めてやりたくなった。

「お前は分かりやすいな」
柳先輩に言われたことがある。
この人にはバレてるんじゃないかって、薄々思ってた。
気恥ずかしさに黙っていると柳先輩はふ、って笑って俺の頭に手を置いた。
名前先輩とはまた違う心地良さに俺は目を軽く伏せた。
「名前が、好きなんだろう?」
こういう時、少し悔しい。
見透かされてることも、子供扱いされてしまうことも。
何より、先輩を躊躇いなく呼び捨てにできるのが羨ましい。
恨めしげに見上げると柳先輩は尚も楽しそうに笑って、俺から手を離す。
「敵は多いぞ。頑張るんだな」
今思えば、柳先輩だって名前先輩が好きだったんだろう。
きっとあれは応援と宣戦布告の両方だった。

「赤也、」
先輩が俺の名前を呼ぶと、俺の心まで呼ばれる気がした。
単純だけど、俺の世界は先輩が中心だった。
朝起きて、今頃先輩も支度してるかなって考えて。
朝練で元気良く働く先輩を見て今日も可愛いなって見惚れて。
授業なんて頭に入らない、と言ったら言い訳になりそうだけど放課後が待ち遠しくて目を閉じる。
居眠りの時でさえ、先輩を夢に見た俺はやっぱり単純だ。
そしてまた、放課後。
先輩はマネージャーの仕事をこなして、俺たちは部活に励む。
そんな毎日があれば、俺は幸せだった。
もちろんテニスがあってこその日々だって、分かってたけど。

「…赤也、名前を送ってやれ」
俺たちの夏が終わったあの日の帰り道、柳先輩が呟いた。
少し先を歩く名前先輩の背中がいつも以上に小さく見えて、俺は「はい」としか言えなかった。
先輩たちと別れて、俺と名前先輩は並んで歩く。
会話なんてなかった。
「見て赤也、夕焼け」
ふと、先輩が俺の服を引っ張った。
川原の土手からは真っ赤な空がよく見えた。
そんな綺麗な色の中で弱々しく笑う先輩に、胸が苦しくなった。
「俺は、先輩が好きです。大好きです」
零すように、だけどはっきりと俺は想いを伝えた。
先輩は口を開こうとして、だけど何も言わないで俺の髪を撫でた。
背伸びしてたから、少し屈むといつものふわふわが広がって気持ち良かった。
俯いてしまった先輩は黙りこくったまま、俺の髪をぐしゃぐしゃ撫でた。
困らせて、しまったのか。
「…すみません」
「やだ、なんで謝るの」
先輩の口元が笑ってた。
でも目は髪で隠れて見えない。
しばらくして、俺から手を離した先輩は少し赤い目で「ありがとう」、そう一言だけ漏らした。
なんだか俺が泣きそうだった。

先輩、俺は先輩が好きです。
なんとなく、困らせるかなって思ってました。
俺の恋は叶わないんじゃないかって、思ってました。
だけど、全部全部分かってて、大好きだったんスよ?
ずっと抱えてた好きを伝えるまで、俺は諦めません。
だから今は、素直に泣くあなたを俺が撫でてもいいですか?


青い恋



20091021
僕らの夏の終わり
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