「心の在処って何処だと思う?」


後ろの席の精市がゆったりと、空気に融けるような口調と声で問いかける。
暇を持て余してテニス部の部誌を何とはなしに眺めていた私は視線を精市に向けた。


「何?どうしたの、いきなり」

「名前はどう思ってるのかなって」

「心の在処を?」

「そう」


精市の笑みはふわりふわりとしているけれど、隙がないと思う。
放課後の何気ない教室に居るのに、精市という人間と真っ向に向き合っている気にさせるから。


「ここ…と言っても精市は納得しなさそうだね」

「よく分かってるじゃないか」


ふふ、と笑った精市が胸を指した私の手を取った。
彼は哲学的なことを時折問いかけてくるから不思議だ。


「俺はね、ここだと思うんだ」


精市の手に引かれるまま、私の指先が彼の唇を撫でた。
その柔らかい、初めて触れたような感触に思わず身体が強張る。
顔が熱い。


「…唇に、心があるの?」

「うん」


私の照れを知ってか知らずか、精市は私の手を握ったままぽつりぽつりと話す。
窓の外の部活で賑わう生徒の声が遠い。
精市と二人きりの教室は日常から離れた異空間のような錯覚さえ起こさせる。


「俺が名前に好きと言うのも、キスをするのも、この口だろう?」

「そうだけど、」

「だからこれは、俺の心の我儘」


不意に触れた唇が思考までも熱くさせた。
楽しそうに笑う精市は額や頬にも唇を落とすと、私の手を引いて立ち上がった。


「どうだった?俺の我儘」

「…びっくりした」

「あれ、それだけ?」


ふと握られていた手が離されて、精市はテニスバッグを背負う。


「じゃあ、頑張ってくるよ。名前も来る?」

「…、行く」

「ふふ、おいで」


今度は私から手を握る。
精市に上手く言いくるめられたような気がするけれど、反論をしてしまえば彼の我儘に浮かれる自分が知られてしまいそうで、黙って彼の後について行った。


心の在処を唇に



20100305
幸村、誕生日おめでとう!
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