仁王を好きになったら、自分が駄目になる気がしてた。
だから何度だって突き放した。
どんなに優しく「好いとうよ」と囁かれても、どんなに温かい笑顔を向けられても。
私は仁王とは正反対の人間で、彼が私の深い心に触れる度、そこにじんわりと他の色が染み込む気がした。
それが何とも言えないくらい怖い。
仁王もそれは分かっているらしく、無理に私を捕まえようとはしなかった。
全部、今日までの話だけど。


「……仁王、」

「ん」

「離して」

「断る」


いつものように、一緒に帰ろうと迎えに来ただけなのに、苦しいほどに仁王に抱きしめられてしまった自分が居る。
私は仁王を好きにならないように努力していたけれど、別に仁王が嫌いな訳じゃない。
話もするし、登下校も一緒。
仁王の側は心地好い。
そうして優しさに浸っていたいのは私一人の気持ちなのだと、今更思い知った。


「仁王、どうかした?」

「すまんな、もう」

「もう?」

「もう、我慢できん……」


なんて苦しそうな声を出すんだろう。
私の親友、仁王雅治は何処かへ行ってしまったらしい。
肩に触れる温度も、首をくすぐる銀髪も、全部が染み込んでくる気がした。
また、怖くなる。
知らない男の人が目の前に居るような錯覚。


「仁王、だよね」

「ああ、俺じゃ。すまん、すまんな。お前さんを好いとう。好いとうから、今まで抑えとったきに、駄目んなったんじゃ」

「何が駄目なの?私と仁王は友達じゃいられないの?」

「友達じゃ足りん。足りんぜよ。お前さんが欲しい。欲しくて堪らん」


駄々っ子のように足りない欲しいと仁王は繰り返す。
かと言って私に直接何かをする訳ではない仁王は優しい臆病者だ。
身体は震えているし、言葉も嗚咽混じりになっている。
私はずっと仁王を苦しめてきたのだろうか。
こんなに泣かせるほど、仁王は私との関係が寂しかったのだろうか。


「私は、どうすればいい?」


ぽつりと零すと、仁王が顔を上げた。
びっくりして涙が止まったらしい仁王は、子供みたいなあどけない表情をしていた。
逃げてきたことに向き合う時が来たと悟る。


「仁王は私にどうしてほしい?」

「……わからん」


仁王のまばたきの拍子に、また涙がぽろぽろっと零れた。
綺麗に泣くんだな、なんて不謹慎なことを思う。
だって、とかそんなまさか、と呟く仁王が伸びたスクールセーターの袖で顔を覆った。


「また突き放される、思って……怖かったんじゃ、そんなこと、わからん」

「泣かないでよ、仁王」

「……無理」


ぽんぽんと頭を撫でると仁王の涙腺が尚更緩んだ気がした。
そうか、仁王も怖かったんだ。
可愛い。慰めたい。すき。いとしい。
じんわりと、また何かが染み込む。


「…お前さんは俺の側に居ったらええんじゃ。何処にも行かんと、隣に居ったら」

「いいよ」

「……?」

「ずっと側に居る。ごめんね。たくさん傷付けてごめん。好きだよ、雅治」


仁王がまた、泣いた。


涙の海の浸食



20100213
泣き虫系男子
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