「蔵、包帯とって」


私がそう言うと蔵は困ったような、しかし嬉しそうな顔をして左腕の布を解いていく。
しゅるりしゅるりと地面の方へ垂れ下がる白は羨ましいことに今まで彼の左腕を独占していたのだ。
剥き出しに、というかそれが普通の状態であるのだが、何もなくなった蔵の手のひらに自分の手を重ねる。
空いた右手で適当に束ねられた包帯は蔵の鞄行き。
帰ったら捨てるのだろう。


「いつも思うんやけど、金ちゃんがこれ見たら何て言うんやろ」

「ああ、それは大丈夫。私は一回蔵の毒手で死んじゃったんだけど、謙也くんのお父さんが何とか私を生き返らせてくれて、それから私には毒手への耐性がついたって金ちゃんには言った」

「またけったいな嘘ついたなぁ」

「信じちゃうんだから可愛いよね、金ちゃんも」

「ほんまに」


こうして何もない左手と手を繋ぎたがるのは単なる私の我儘だ。
二人で帰る時くらい、彼の素肌に触れていたい。
別に蔵には右手もあるのだけど、それじゃあ包帯に譲っているみたいで納得行かない。
自分でも馬鹿馬鹿しいと思いながら打ち明けたら蔵も「アホらし」って言ったんだっけ。
その顔は幸せって感じに緩んでたけど。


「部長さーん。毒手なしで金ちゃん扱えないのー?」

「金ちゃんなぁ…昨日、暴れすぎて校舎の一部壊してんのや」

「また?」

「せやから外せんなぁ、これは」


へらっと笑う顔が好きだから、今回は許してあげることにする。
今回は、じゃなくて今回も、だけど。
そんなことを思いつつぶらぶらと繋いだ手を揺らす。
子供みたいに勢いをつけて振っても私の手がすっぽ抜けることはない。
蔵がしっかり握って離さないからだ。


「…あ、」

「どした?」

「電話。出てもいい?」

「どーぞ」


ごめん、と蔵に言って震える携帯を開くと引っ越す前の友人からだった。
通話ボタンを押して耳に当てると、懐かしい声と口調が簡単な挨拶と近況報告を始める。
相変わらずお堅いねとは言わないでおいた。


「うん、うん。じゃ、電話ありがとー。はい、終わったよ。お待たせ」

「…前、立海に居ったんやったな」

「そうだよ?」

「男の声したんやけど」

「だって相手真田くんだもん」

「…あの真田?」

「そう。あの真田くん」

「ふはっ」

「何笑ってんの」


私と繋いだ手は離さないまま、蔵は右手で自分の膝をバシバシ叩いてありえへんわー!と爆笑した。
何が有り得ないのか訊きたいけど、蔵の腹筋が忙しそうなので落ち着くまで待った。


「あーおもろい」

「涙出てるよ」

「笑い泣きやし。しかし真田が女子の友達に電話…やっぱありえへんわ」

「失礼だぞー。…あれ、また電話」


もう一度携帯を取り出して幸村、と名前を読み上げる。
真田くんと同じ報告かなぁ、と思っていると蔵がひょいと私から携帯を取り上げた。


「あ、ちょっと、電話…」

「あかん。一人とは話したやろ?」


真田くんと話したから幸村の電話は我慢しろと言いたいらしい。
いやいや、駄目だよ。
後で幸村に怒られるよ。
随分と高い位置に持ち上げられた携帯を取り返そうと必死に背伸びをする。


「かーえーせー」

「あーかーんー」

「なんで!」

「たまには俺の我儘も聞いたってや。かわええもんやろ?ただの嫉妬なんやから」


またへらっと笑う蔵が可愛かったので、携帯は諦めて仕方なく抱きついておいた。


ほどけて繋ぐ



20100210
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