▼ 12話
「…僕ね、よく思うんです」
スティンガーが大手柄を上げた日から数日後、バーボンはスティンガーの部屋に訪れていた。
ベルモットとバーボン、それから昔組織を裏切った優しい女しか入れたことのないというスティンガーのセーフハウス。
何故かキングサイズのベッドは男ふたりで寝転がっても大きいくらいだ。
「もし、諜報員たちの働きで組織がなくなったらって」
諜報員の言葉に少しドキリとするが、もちろん表には出さない。
「…こんな大きな組織がちょっとやそっとで崩れるわけないよ」
実際そうなのだ。
自分たちがどれだけ頑張っても、未だ幹部のひとりも捕らえられていない。
「トランプタワー作ったことありますか?」
「ん?」
的を得ない質問。
彼は時々、不思議な例を挙げてくる。
「あれって少しでもバランスが崩れると全部壊れちゃうでしょ?ジェンガとか、ドミノとかもそうだけど…組織って、すごくそれに似てるんです。シルバーブレスレットが一発打ち込まれたら、いや、シルバーブレスレットじゃなくても、なにかバランスを崩すようなことが起こればすぐに壊れてしまう…今はタワーを作っているトランプひとつひとつが強いからいいけど、それでも、もともとバランスの悪い物の上に立っている塔。…それが消えた時僕はどうするんだろう、って思って。匿ってくれている城がなくなったら僕はどうなるんだろうって…」
ベッドサイドにおいてあったブランデーを口に含む。
酒を飲むには早い時間だがスティンガーがトップを殺した組織の後処理が大変だったからか家に入ってすぐブランデーを開けた。
飲みますか、と差し出されるそれに断りを入れ腹筋を使って起き上がった。
「まぁ、そうならないように情報収集を頑張ろう。お互いに」
彼にそれを言うという事は体を売れと言っているのと大差ない。
「そうですね」
少し悲しそうに微笑む少年の髪をなでる。
「話しましたっけ?僕に優しくしてくれた女がNOCだったって」
仰向けに寝転び天井を見つめたスティンガーは話し出した。
「バーボンも確かそうでしたよね?確か…」
「スコッチ」
「あぁ、そうスコッチです。辛かったでしょ?僕も、そうだったから…昔、僕がまだ任務を任され始めた時、僕にすごく優しくしてくれた女幹部がいたんです。その頃ベルモットは忙しかったから僕は一人でいることが多かった。そんな僕に、まるで母か姉のように接してくれたんです。あなたのように僕を風呂に入れてくれたこともあった。…だけど、彼女はMI6の諜報員だった。それがわかった3日後、僕はボスの命令で彼女を殺した。いろいろ聞き出そうとした。でも無理だったんだ…彼女は微笑んで『あなたに辛い事はさせられない』って僕の涙を拭いながら自分の心臓を打ち抜いた。データの入った携帯ごと…」
「っ!」
彼女の死にかたを聞いて息を呑む。
「スコッチもそうだったらしいですね。最も、殺したのはあのライだって聞きましたけど…にしてもすごいですよね。仲の良かった人をスパイだと知った途端殺せるなんて…僕には無理だった。結局彼女に最後を委ねてしまった。最後まで優しかったなぁ…ジプシー」
「栗毛色のショートカットの髪、よく笑う本当に優しい人だった。潜入捜査なんかには向いているとは思えない性格で、でも、スナイプの腕を買われていて。何度か任務を共にしたり、一緒のベッドで眠ったり。…でも、」
「人は、簡単に死にますからね…」
顔をこちらに向けたスティンガーは悲しい顔で笑う。
出会ってから彼の笑顔というとこれしか見ていない気がする。
「僕の目を左手で覆ったまま彼女は自殺したんです。僕が殺したようなものだ…ジンが盗聴してるとも知らず彼女がNOCだと突き止めたのは僕なのだから…」
スティンガーの話を聞きながらスコッチのことを思い出す。
(アイツも、潜入捜査には向かない優しいヤツだった…)
それと同時に殺したいほど憎い男も思い出す。
状況から見て自殺だった。
それをアイツは自分が殺したと言った。
自殺を止められなかった罪滅ぼしなのかなんなのか知らないが、アイツを死なせたのは事実だ。
「…バーボン?思い出したくないことでしたよね…すみません、僕、今まで誰にも話せなくて…でも、無神経でしたよね…」
俺の方を見て許しを乞う。
「大丈夫、僕は自ら手にかけたわけじゃないからね。でも、辛かっただろ?任務を始めた頃って事はまだ小学生だ。組織も何もそんな子に…」
また悲しい笑顔だ。
「見せしめだったんです。裏切り者はこうなるぞって言うのを僕に恐怖として植え付けたかったんでしょう。今はもう慣れましたけど、最初はほんとに嫌がってましたから」
何をとは言わない。
でも、雰囲気でわかった。
(十歳そこらで体を明け渡すのが好きって方がおかしい。)
「僕があまりにも言うこと聞かないんでジンにもお仕置きされましたし…」
なにかを耐えるように苦笑して何でもないような風に言ってしまう。
辛くても辛いと言えない。
甘やかしてくれる人はいてもホントの気持ちはいえない。
どれほど辛かっただろう…
敵である組織の人間に同情するなんてどうかしているとは思うが、彼はどうしてもほっておけないのだ。
「…スティンガー、僕は話を聞いてあげることしか出来ないけど…頼ってくれると嬉しいな」
情報提供をしてくれる大事な相手だ。
それに、漬け込むのは狡いとは思うが信頼されておく事は今後の調査の役にも立つだろう。
起き上がった少年の頭を撫で俺は夕食の準備に取り掛かった。
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