▼ 11話
「なにか作ろう」
そういったバーボンはキッチンに向かった。
いつもは安室透名義のあのマンションに住んでいるらしいからここには何も無いのでは?と思ったが、僕が起きる前に買ってきていたらしい。
(今度なにかお礼をしないと…)
探り屋バーボンは情報収集が得意だというがハニートラップは滅多にしない。
(…何か面白い情報を手に入れたら教えてあげよう)
いろんなところに潜入しハニートラップを仕掛けるスティンガーはバーボンよりもディープな情報を手に入れることも少なくない。
普段情報を売る時はそれなりの対価を求めるがバーボンにはどんな情報を渡してもお釣りが帰ってくる。
それ以上のことをしてもらった自覚はあるし、せめてそれくらいのことをしないと僕の気が済まない。
(そういや、ジンがバーボンのこと疑ってたな…)
ふと、少し前閨でジンが言っていたことを思い出す。
『バーボン、あいつには気を付けろ。最近ちょこまかと何かやってやがる。まるでネズミみたいにな』
(…だから、バーボンに僕のこと預けたのか、要するに探れってことだろ)
口車に載せるのは得意だし、相手を油断させる事はこの容姿のおかげで自然と出来てしまう。
(確かに、今はほかの組織の人間とは違う空気を持ってるけど、ジンたちの前では同じ空気纏ってるし…)
ベルモットと同じなのだ。
彼女も僕を甘やかす時は優しい空気を纏う。
ターゲットを追い詰める時の冷たいものではなく、暖かい優しい空気を…
「できたよ、起きれるかい?」
美味しそうな匂いを漂わせバーボンがベッドのそばに来る。
頷くとバーボンが起きるのを手伝ってくれる。
何から何までさせてしまっていたたまれなくなるが、対価を払うことで返そうと思い直す。
足腰がガクガクで上手く歩けない僕をを支え椅子に座らせるとキッチンから熱々の料理を持ってきた。
味噌汁に白いご飯、焼き鮭…
the日本な朝食に思わず頬が緩んでしまう。
(ベルモットたちと食べるのは洋食だからな…)
「…いただきます」
「口に合うといいんだけど」
僕が食べるのを待っているのかバーボンは箸を手に取らない。
「!…美味しい」
味噌汁を口に含む。
母さんには作ってもらった事はなかったはずなのに、懐かしい味がした。
「良かった…」
僕の反応に満足したのかバーボン食べ出す。
食べながら気づいたが、いつの間にか声が少し出るようになっている。
「…ありがとうございます。」
意図せずポロっとその言葉が口から零れた。
掠れた声だがちゃんと届いたらしい。
「ん?」
「いろいろ、してもらって。赤の他人だし、ただの同僚なのに…」
そう。
僕と彼はただの同僚。
同じ任務を遂行する組織のメンバーだ。
「気にしなくていいよ」
僕の不安をよそにバーボンは優しい笑顔で答えてくれる。
「でも僕の気が済まないんです!」
時々空気だけになる掠れた声でそれでも思いが伝わるように強く言う。
「…最近、ジンがあなたのことを疑っています。」
バーボンの表情が少し固くなった気がした。
「確かにあなたは赤の他人の、それも最近出会ったばかりの僕にこんなに優しくしてくれたりしてちょっと組織の人間っぽくないところもある。ベルモットと同じで秘密主義だから何をしているかもわからなくて疑い深くなるのもわかる。でも…、僕はあなたを裏切り者だとは思いたくない。」
痛む喉のせいで時々途切れながらも、僕は思っていることを言った。
バーボンは僕の話を黙って聞いてくれている。
「だから、今回のお礼も兼ねて僕がなにか情報を手に入れたらバーボン教えます。もちろん、ほかの人間には内緒でね」
取りたてほやほやの情報をお知らせします。
そう言うとバーボンは驚いた顔をした。
「…いいのかい?NOCだと僕が疑われているならその僕に情報を渡している君まで怪しまれる。」
「そのへんは大丈夫ですよ。情報を操るのは僕の得意とするところなんで。それに、信じてますから」
連絡を取るために番号とアドレスを教えあった。
(…これも、バーボンを落とすために必要なもの)
連絡がすぐ取れるということ、それに秘密を共有する事は親しくなるのに一番手っ取り早い方法だ。
そういえば、バーボンが組織に入ってきた時監視は自分がやっていたことを思い出す。
四六時中張っていた訳では無いが、盗聴器やGPSの類は僕が管理していた。
(あの時も怪しいことはなにもなかった)
だから大丈夫だ、と自分の中で結論づける。
「秘密主義なのはわかってますけど、ジンには気をつけてくださいね。アイツは疑ったらすぐ殺すから…」
ジンのことをアイツ呼ばわりしたことに驚いたのかバーボンの大きな目がもっと大きくなった。
「僕はそもそも彼のことが好きじゃないんです。アイツ僕の扱いひどいし、僕がちょっとでもミスするとすごいお仕置きするんですっ」
日頃の鬱憤を吐き出すかのように口からはポロポロとジンの悪口が出ていく。
声も調子を取り戻したようで掠れているものの空気のような音にはならない。
「昨日のだって、軽いお仕置きだったし、アイツは僕に男を教えた本人だから今もカラダは続いてるけどほんとに嫌いなんです!」
しゃべり終わってからご飯中だったことに気づく。
そしてバーボンにジンの悪口をいうほど心を開いてしまった自分にも驚いた。
「あっ、食事中にする話じゃありませんでしたね…すみません」
黙って聞いていたバーボンに謝り、作ってくれた食事に再び手をつける。
しゅんと、した僕に気を使ったのかバーボンも何事も無かったかのように食事を続けてくれた。
情事になれてしまった体ゆえなのか、はたまた僕の歳のおかげなのかご飯を食べ終わる頃には自分で歩けるくらいに体が回復していた。
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