19 鶴と病院

退院する前の検査でちょっと怪しい影見えたから、大きい病院で検査してきて。それが問題なかったら退院してOKだよ☆と軽いノリで言われてしまった。

馬鹿やろう軽いノリで済む話じゃないでしょ。
怪しい影ってなんですか?ガン的な?もしかしたら死に至るかもしれない異物的な何かなんですかね?医者的にそこまででもないから大丈夫なんてノリで説明されても患者側からしたらとてつもなく恐ろしいことだと自覚してほしい。

そんなこんなでお母さんの服の裾をガクブルしながらガッチリ掴み向かったのが隣町の大きな総合病院。
それなりに名のしれた病院なので待ち時間がとても長い。
お母さんは待ってる間に買い物とクリーニングの受取行ってくると途中でいなくなってしまった。看護師さんにも説明はしてったし、ただ待ってレントゲン等々取るだけだから問題ない大丈夫なんて言っていってしまった。
問題ないですかね?私は心底不安で仕方ないよ。どうしよう、やっぱりガンです、悪性です助かりません余命一ヶ月ですとか宣告されちゃったら。花嫁でもなんでもないただの中学生なんだけど。ううっ、嫌だ死にたくない。

ここ最近死を覚悟する瞬間(物理)は多々あった。しかし今回は病気の類。自分ではどうにもならないパターン。まぁ、今までのも自分ではどうにもならなかったけど。
まだ死の宣告を受けたわけじゃないけれど、それでもこの年で病死なんて本当にやだ。我が生涯に一片の悔いありだよ。

…それに、鯰尾骨喰コンビに一言くらい言っとけばよかったとかちょっと、ほんとにちょっとだけ、思ってたり、思ってなかったり…。それに、その、ムカつくけど沢田くんにも一ミリくらいの申し訳無さもあったり、なかったり。
とにかく、色々な面で思い残すことが沢山ありすぎるので、どうにかこの怪しい影がなんの問題もないただの影であれと祈るばかり。

無駄に心配ばかりしていたら喉が渇いた。甘いジュース飲みたい。いや、さっぱり系でもよし。
看護師さんに自販機の場所を聞くとすぐ右側にある廊下の方にあると教えてもらった。
コーヒーメーカーの自販機と普通の自販機が二つ。ふむ、バリエーションが豊富で文句の付け所がないな。

でかめのオレンジジュースをピッ。
鼻歌を歌いながらベンチに腰を下ろし景気よく缶を振る。隣に人が座っているが、そん知らない人なので恥ずかしさなんか微塵もない。人類大体他人。
プルタブに爪をかけ力を入れるもなかなか開かない。あれ?おかしいなちょっと硬いのかな。自分の太ももに缶を挟み全力でプルタブに力を入れるとちゃんと開けることができた。
が、振ったことに加えて力いっぱいプルタブを折り込んだせいで少し中身が飛んでしまった。炭酸ほどではないけど「あっ」と声が漏れてしまうくらいには元気よく飛び出た。

それが自分にかかるくらいなら構わないのだが、明らかに二、三滴隣の人に飛んでしまった。

「わ、あっ、すみません!」
慌てて隣の人に目を向けるとまさかまさか、全身真っ白な人で血の気が引いた。おい、服にシミが付いちゃったのでは?!まずいまずいまずい。あわてて「大丈夫ですかね?!服とかほんとすいません!!」と一人で慌てていると、相手の人は「はは」と笑い始めた。
これはもしや優しい人のパターン?

「大丈夫だ、なぜならこれは入院服なんだからな。いくら汚しても怒れない」
「そ、そうなんですね。でもすいません本当に、気をつけます」
「そんなに謝る必要はない。活きの良いジュースだ、美味しく飲むんだぞ」
「…は、はい」

ニコニコと笑う真っ白な隣のお兄さん。優しいけどなんか独特な人だな。というかマジで白いな。
髪は染めたものよりも白く、細く、サラサラで、眉毛もまつ毛も真っ白。それ以上に驚くべきはその肌の異常な白さ。死人ですか?って聞きたくなるくらいの白さだ。
以前おばあちゃんちであった白ウニとは違う、なんというか神秘的というか、病的というか、人形みたいな、そんな白さ。

「そんなに見つめられると、流石に照れるぞ」
「あ、す、すいません。その、私あっち戻りますね検診の待ち時間長くて、ジュース買いに来ただけなんで」
「ああ、待ってくれ!」

立ち上がり、またあっちで一人で待ってようと戻ろうとするもお兄さんに腕を取られる。
まさか、やっぱりジュースの件怒ってた?と冷や汗を流しながら振り向くも、続けられた言葉は「ちょっとだけ話し相手になってくれないか?」というものだった。




話を聞くと彼はアルビノという病気で、最近体調が思わしくなくて入院してるらしい。
最初は暇でも良かったが、今は飽き飽きしていて、こうして誰かと会話をするのが楽しみの一つらしい。
「きっかけはジュースだが、何かの縁だ。ちょっと付き合ってくれないか?」
少し困って笑うお兄さんに「嫌です」なんて冷酷な一言を告げることはできず、首をゆっくり縦にふるのだった。
ただ、いつ呼ばれるかもわからないので、私が元々待っていた椅子の方へ移動して話すことになった。

「そういえばまだ名乗っていなかったな。俺は鶴丸国永。君は?」
「苗字名前です。すっごい渋い名前ですね」
「はは!よく言われる。えーと、今は中学生くらいか?」
「そうです、中二」
「夏休みは?そろそろ終わりか?」
「あー、終わったんですけど今入院中というか、退院するんですけど検査でちょっとこの病院来てて」
「なに?!何処か悪かったのか?」

話すと長いので割愛して骨折ですと答えると「そうか、若いのにそれは大変だったな」と頭を撫でられた。

「おっと、すまない」
「いや、全然。私それなりに可哀想なんでもっと慰めてください」
「…あっはっは!」

いつもの調子でテキトウなこと言ってたら爆笑されてしまったが周りの患者さんたちに凄い目で見られたので、二人で押し黙った。

「調子に乗りましたすいません」
「なに、構わないさ。君は愉快な人間だな、気に入ったぞ」
「(なんか知らんけど)ありがとうございます」
「可哀想と自称していたが、何か良くないことが続いたのか?骨折だけじゃないみたいな言い方だったが。
俺は君よりは人生を長く生きているからな、相談に乗れることは何でも乗ろう」

ドンッと胸を叩き、自信満々に言う。
体格的には全然頼りにはなりそうじゃない。…が、どうせ今後会うこともないだろうし、本人がキラキラした目で見てくるからここは私が一肌脱ぎましょう。


蜂須賀くんに絡まれてから転校生達に巻き込まれて毎日生死をかけた遊びに巻き込まれていて、ついにこないだ夏祭りで学校のボス風紀委員長にこの怪我を負わせらた。入院中同級生と少し喧嘩して、今に至る。

偏見が入っちゃってたかもしれないが、概ね事実を述べたまでなので、全然そんな、あれだから、嘘偽りないことだから。

私が話している間、鶴丸さんは丁寧に相槌をうっていた。こんなことにも親身になってくれるのは、本当に人と話すのが娯楽になってるんだと思われる。


「君は本当に愉快な人間だな。こんな短期間で、濃密な毎日を過ごしている。君が日記本みたいなのを出版したら俺はすぐにファンになってしまうくらいだ」
「それ褒めてるんですか」
「勿論!」
「で、どうしたら良いと思います。私はもう少し穏やかに平和に過ごしたいんですけど」
「う〜ん、そうだな」

鶴丸さんは、んーとハミングでもし出しそうに目をつむり思案していた。
まぁ別に回答に期待してるわけじゃないけど、少しでも参考になるならば聞いておきたいなくらいの気持ちだ。

「一番簡単なのは…」
「はい」


「面倒だと思う人間、皆との縁を切ることだな」


その言葉に一瞬言葉が詰まる。え?い、意外と厳しいこと言うじゃんこの人。
こちらを、どうだ?という風に口角を少し上げて覗く彼の表情は全然読めない。が、次第にその口角はより上向きになり、目元もどんどん細くなって垂れ下がっていく。

「はは!驚いたか?流石に冗談だ。中学生がそんな事するもんじゃないしな」
「は、はぁ。そうですよね、シンプルにビックリしました」
「大成功だな。まぁ、真面目な話をするとしたら、君は本気で嫌だと伝えられていないのかもな」
「いってますけど…」
「もっときつく言ってもいいってことだ。それぞれ意思表示の受け取り方というのは人によってものさしが違うからな」

なるほど一理あるのかもしれない。


“受付番号〇〇〇番の方、診察室4までお願いします”

「あ、呼ばれた」
「もうか、はやかったな」
「ありがとうございました」

軽く会釈をすれば、ワシャワシャと頭を撫でられる。手櫛で髪を直しながら鶴丸さんを見上げると、なんだかションボリした顔をしていた。

「存外君のことが気に入ったみたいだ、寂しいよ」
「あー、まぁ、また会えますよ多分」
「気を遣わせてしまってすまないな」
「いえ、じゃあさようなら」

お互い手を振り合い、私は診察室へと向かった。
なんだか不思議な人だったな。悪い人じゃなかったけど、なんというか、ドラマに出てきそうな感じの人だった。現実味がなかったというか。確実にそこにいて、話して、体温もちゃんと感じられたのに。見た目の問題もあるかもしれない。



…………


検査結果は全然問題なかった。
ただの影は本当にただの影だったようで、悪いものなんか一ミリもなかったらしい。

一抹の不安が綺麗サッパリ消えた私はそれはそれは有頂天で夏休み明け最初の学校へと向かった。
宿題もちゃんと終わってるし。鯰尾くんと骨喰くんと沢田くんに関して考えないようにしているけど、これで今日からまた普通の日々を過ごせるぞ!と意気込んでいた矢先、地獄にまた突き落とされた。


私は何故か手を後ろに回され、両手両足に手錠をかけられ、応接室に転がされている。正確な部屋名を上げるとしたら、風紀委員室って部屋でして。

芋虫のように転がされた私の眼前には黒光りした汚れのない黒い革靴が行ったり来たりしている。
その靴音が聞こえるたびに私のHPは少しずつ減っていく。靴音デバフである。

「ねぇ。夏休み中、うちの副部長が直々に君に伝言をしたはずなんだけど…覚えてる?」

声の主を見上げられない。



次回、私、死す。


20240909

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