エイリア10


口には出さないが、しんどい。

日課の素振りをすると言い、バスから少し離れた誰もいない空き地へ足を運んだ。
最初は目的通り素振りをしていたのだが、徐々にバットが重く感じてきて、振る以前に持つのさえなんだかままならなくなった。
汚れも気にせずその場に座り込み、一緒に地面に置いたバッドを眺める。

本当は声に出してしまいたいが、それを出せば何かが変わってしまうような気がして、吐き出すことをしなかった。



私が今居るのは福岡。円堂のおじいちゃんが何でも凄いサッカー選手だったようで、その人の残した必殺技ノートが福岡の友人の手元にあるらしく、それを受け取りにきたのだ。

ここまで来るにあたって色々あった。

大阪ではエイリアのアジトにまたもイプシロンが襲撃してきた。アジトでの練習のかいあってか互角に渡り合うことができ、勝利を収めた。が、負けたはずのむこうのキャプテンは高笑いをして上機嫌に帰っていった。話を聞いていたジェミニの時とは違い、別のエイリアの一味に消されることもなく五体満足の状態で消えていった。
この調子ではまた奴らと戦うことになるのではないだろうか。

その後施設をくまなく探索すると、アジトのメインコンピューターらしき部屋を見つけ、そこでエイリア学園それぞれのチームのデータがでてきた。チームの練習データや、いつどの施設を使っていたかなどの他に、ジェミニ、イプシロン、Gというチームにエネルギー供給をした、いや、していたと履歴が残っていた。

その履歴から世宇子中のときの用な強化目的の何かを投与していたのではという話になり、そこから導き出された可能性がエイリア達は人間なのではという説。私が以前から考えていたことだけど、よりその線が濃厚になってきて、一歩奴らに近づけた。しかし嬉しい出来事と同じくらい、悪いこともあった。

そのエネルギー供給のデータ、ジェミニとイプシロンに一緒に並ぶ“G”というチーム…。
もしかしたらイプシロンより強いのではという不安が渦巻くのは当然だった。
メインコンピューターの部屋から出ようとしたとき、何故か栗松くんがボロボロになって怪我をした状態でみつかった。
彼もこの旅からリタイアしてしまった。

目に見えて皆の表情は曇ったし、私自身もやるせなさといえば良いんだろうか。一進一退の状態に複雑な心境だった。
その後、円堂のお母さんからノートに関しての連絡があった。福岡までの道中は敵の襲来等はなく、無事にこれた。けど、その間もチームの何人かの気持ちは少しずつではあるけど削れていっていた。
目的の陽花戸中学校へは翌日つくとのことだった。



明日ノートを手に入れられれば少しは状況が良くなるだろうか。
チームの雰囲気も、私を含めた個人個人の状態も少しは前向きになれるだろうか。

(野球部の皆と野球したい)

そうだ、こんな状態では自分の機嫌は自分で取るしかないんだ。
この気持を少しでも良くするためだと、自分の携帯を開き、一番出てくれそうな確率が高そうな人物の名前を思案する。
えーと、同じクラスの“今”?お調子者だしメールばっかしてるやつだし。いや、メールじゃなくて電話をかけるんだから、通話となるとまた別か?
そうなってくると先輩後輩の関係で一年の方が出る確率は高いか?いや、一年は皆生意気だし…まてよ、生意気だけど先輩の言うことは絶対みたいな意識は多少ある“熊谷”ならでるか?

う〜んと画面とにらめっこしていたら、自分の携帯から着信音が鳴り始める。
驚いた拍子に手から滑り落ちそうになるそれをなんとか掴み直し、恐る恐る表示されてる相手の名前を見ればうちの部の橋本先輩からだった。

え?!先輩から?!
名前を確認した瞬間反射的に通話ボタンを押して「はい!苗字です!」と応えるも、声が少し裏返ってしまう。
一人で恥ずかしさに悶えながら、先輩の声を待つ。

「苗字?急に電話してゴメンな」
「いえ、全然!今暇でしたし。それより、なんか部活でありました?いや、まだ部活再開してないし…あれ、どうしました?」
「今日さ、集まれるやつで集まって練習してて苗字の話になってさ、どうしてるかなって。皆心配してるんだよ。勿論俺も」

あ、これヤバいかも。

「どう?とりあえず元気にはやってるか?自主練するにも一人じゃできること限られてるし、皆と野球やりたくなってんじゃないか?」

ははっと冗談交じりに言う先輩の声に、余計に込み上げてきてしまう。

折角心配して電話をかけてきてくれてるのに、涙声なんて聞かせたくない。でも、返事をしなきゃ変に思われるし。
「あ」「う」とか言葉に出来ないでいると、見透かされてるのか「俺優しい先輩だからさ、今だったら何時間でもタダで話聞いてやるぞ」と追い打ちをかけられる。

「せんぱい〜!!」

最後の砦も崩れて情けなくも泣きじゃくりながら先輩を呼ぶと、嬉しそうな笑い声が電話越しに聞こえてきた。
本当に私は人間関係に恵まれてる。

その後、野球が満足にできないこと、サッカー部の現状、エイリア学園との戦況、自分が果たして何か皆のためにできているのか、色んなことをぶつけてしまった。
その間先輩はずっと真剣に聞いてくれて、問題の答えを言ってくれるわけじゃないけど、でも自分の話をちゃんと聞いてくれるだけで心は満たされていった。


…………


「はぁ、すいません。一方的に聞いてもらって」
「いいんだよ。久々に苗字の声聞けて嬉しいし。それに、そっちでも頑張ってるって知れたしさ」
「でも、自分でついていくって決めたのに、なんにも出来てないし。自信ちょっと無くしますよ」
「何にもできてないことないだろ?練習のサポートしてるだけでちゃんとやってるじゃん。部活のときも言ってるけど、自分に厳しすぎなんだよ」

むず痒い気持ちに押し黙っていると先輩は続けた。

「お前の頑張りは野球部みんなで保証するから、自信持っていいぞ」と最後の一言でまた泣いてしまったのは仕方ないと思う。橋本先輩は野球も勉強も出来る人間だとは知っていたが、気遣いまで鬼のように出来る。なんでこんなに完璧なんだろうこの人。

「ありがとうございます」
「どういたしまして。いつでも俺にも、他の奴らにも連絡してきていいからな。皆苗字いないと寂しいからさ」
「…はい!連絡します!」
「おう!」


じゃあまた、と、明るい気持ちで通話を切り、胸のあたりがじわじわ温かいことを確認する。うん、大丈夫。頑張れる。
それに、こうして話を聞いてもらえるだけでも前を向けることを再確認できた。他の人間にも通用する事への証明になる気がした。

これ以上離脱者を出したくないし、皆にマイナスな気持ちになってほしくない。全部を全部自分でカバーなんて出来るわけもない。勿論そこは分かってる。
だからこそ、出来ることをやろう。私の頑張りは野球部皆が保証してくれるらしいから。これ以上に心強い保証、何処にもないでしょ?


…………


陽花戸中へ着くと、そこのサッカー部の面々が出迎えてくれた。
ノートを持っているのはここの校長らしいのだが、校長は来客の対応中ということで待っている間に練習試合をすることに。

「あの立向居という子、完璧にゴッドハンドをモノにしてるのね」
雷門さんと同じく、自分も彼には感心してしまっている。まさか円堂に憧れてディフェンダーからゴールキーパーにポジション変更。しかもこんな短期間でここまでの完成度に持っていけるなんて、生半可な努力じゃできないことだ。

ああいうひたむきな努力ができる子、野球部にほしい!てゆうか、うちの一年に爪の垢煎じて飲ませたい。

前半が終わる頃、吹雪の様子がおかしかった。顔色が悪くて、動きも少し鈍くなってて。
ハーフタイム、に声を掛けると「心配いらねぇよ、俺を誰だと思ってるんだよ」とそのまま背を向けグランドへと戻ってしまった。
モヤモヤしながらその背中を眺めていたら木野ちゃんに「そういえば、昨日吹雪くんと話せた?」と聞かれた。
なにか急を要する話あったっけ?と記憶をたぐる。

「違うの。吹雪くんが、なんだか苗字さんと話したそうにしてて。昨日の自主練習のとき追いかけて行ってたんだけど、どうだった?」
「え?吹雪追いかけてきたの?!」
「その様子だと話できてなかったんだね。そうなの、追いかけていって…すれ違っちゃったのかな」
「そっか、悪いことしちゃったな」

試合が終わって、時間があったら話してみて。と優しく笑う木野ちゃんに頭が上がらない。


…………


試合が終わると、校長とその来客の吉良さんという人がやってきた。どうやら試合を途中から観ていたらしい。財前や鬼道が吉良という人物と知り合いらしく、何やら世間話をしていた。
財閥の会長でお日様園という児童養護施設も経営しているらしい。金持ちが児童養護施設ってテンプレだなぁなんてひねくれた事を普段であれば考えていたりしたんだろうが、今は“吉良”って名字が気になる。
音無さんも気付いたが、瞳子監督と同じ名字なのだ。それに瞳子監督も何故か吉良さんを頑なに視界にいれようとしない。偶然なのか、はたまた何か関係があるのか、答えのでない疑惑が生まれる。
それと気になったのが、サッカーが好きだからといって円堂のおじいさんが書いた裏ノートに異常な興味を持っていたこと。あんなにしつこく、自分の地位をちらつかせてまで見ようとしていた。子供の前であまりに大人気ない行為に不快感さえあった。腹の底が見えないし、見た目的にもこう…

「タヌキみたい」ボソッ
「ぶっ!!」
「ちょっとあなた!」

私の小さな呟きに前にいた土門が思いっきり吹き出し、隣にいた雷門さんには脇腹を小突かれた。地味に痛い。
聞こえていなかった面々はこちらを不思議そうに一瞥し、また目線を吉良さんに戻す。


その後吉良さんは去り、校長からノートをもらい受けるため近くの空き地へ向かうことになるのだが、道中雷門さんからめちゃめちゃ叱られることになるのだった。


20240909


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