山姥切と親子丼

本部からのお呼びだしが無事おわった。

上司から最低限の仕事は出来ているが、ノルマギリギリだとお叱りを受けた。
もっと鍛刀して、もっと沢山歴史修正主義者を倒せ、とのことだった。

分かっていた。うちに資材の蓄えは十分にある。私自身の霊力は弱い部類ではない。平均、またはそれ以上はあるとも認知している。
だから鍛刀だっていわれた通りに沢山できるし、出撃回数だって今より増やすことは出来る。

出来る、が、トラウマがあるのだ。

そう、審神者になりたてのころ、初期刀の一振を選び、単騎出陣するというあの恐ろしい洗礼。
政府は「チュートリアルだ」「仕事を覚えるにはまず一通りやってみるのが一番だ」なんていってはいるが、やられた本人、審神者とその初期刀にとってはとんでもないことだった。

そもそも、そこまで気にしていない審神者もいるし、私のようにトラウマになってる者もいる。トラウマだったけどそれを乗り越えた者、その時点で心が折れてしまう者だって。
とにかく最初のハードルは審神者として、初めての仕事をする者としてはそれなりに高く、その後色々な想いを抱かせる。

最初でこそ、単騎は駄目だ沢山仲間を増やさないと、レベルをあげなきゃいくら仲間がいたところで戦えない、と思い、ノルマ以上に鍛刀、出陣、演練したものだ。
ドロップしてきた刀も霊力が持つ限り顕現させた。
しかし、部隊をそれなりに組めるようになってきたときにはその勢いも落ちていった。大勢の刀剣達と沢山話して、仕事をして、ごはんを食べて…

悪い言い方をすれば、平和で楽しい時間を選んでしまった。必要最低限だけの仕事をこなし、彼らに傷ついてほしくないというのは建前で、彼らと一緒にいる時間を増やしたい、と思うようになってしまった。
勿論仕事を放棄する気はさらさらない。ただ彼らを、家族に似た気持ちを抱いてしまった神様達を、危険な戦場か安全な本丸、どちらにいて欲しいか考えた時、甘っちょろい私は後者を選んでしまった。
勿論そんなことをしてしまったから今回お叱りを受けたのだが。

“彼らは人の形をした刀だ”
“君は審神者だ。君の使命は歴史を守ることだ”
“刀は道具だ”
“戦え”
“道具を使え”

沢山の事をいわれた。
正しいことしかいわれていないのだが。それでも私の価値観は審神者を続ける中で変化していき、仕事を減らしたのは勿論いけないことだとは自覚しているものの、この価値観は決して間違ってもいないと思っている。

今日、これからの出陣等々の見直しをかけよう。
明日から言われた通りもう少し真面目に仕事をするために。

けど、もう少しだけ落ち込ませて欲しい。自分が悪いのは百も承知だが、それでもまっすぐ突きつけられる言葉は、やはりショックだ。

「はぁ……」

机に寄りかかる体勢をやめて、座っていた座布団を枕に横になる。

―――


“山姥切国広だ。…なんだその目は。写しだというのが気になると?”
“初めまして、山姥切。私はあなたがきてくれて嬉しいです”
“…嬉しいなんて、どうせすぐに失望する”
“いいえ、そんなことはないです。逆に私の方こそ失望させてしまうかもしれません。新人審神者ですし、本当になにも分からないんですから”
“……”
“だから、これから一緒に頑張っていきましょう?”
“…ああ。あんたがそう望むなら、よろしく頼む”


“山姥切国広が中傷を負いました。これ以上の進軍は危険です。早急に本丸へ戻り手入れをしてください”


“……”
“……”
“失望しただろう。所詮写し。こんな刀は”
“失望なんかしません!!私だって!全然、駄目で、”
“おい”
“出陣ももっと周りを警戒するべきでしたし、指示だっておどおどしてて、混乱させました。手入れだってもっと綺麗に出来たはずです。ごめんなさい、あなたにそんなことを言わせてしまうなんて私は…”
“あんたは十分やっていた。俺が写しだからこんな戦果しか残せなくて”
“いいえ、山姥切こそ十分な活躍でした。私の方が”
“……”
“……”
“ふっ”
“ふふ、同じですね。”
“…ああ”


“こんのすけが今日はこれ以上の事を教えるのは無理そうだということで、また明日の朝その他の事を教えてくれるそうです”
“そうか”
“はい”

ぐー

“お腹、すきましたね”
“…これが腹がすくという感覚なのか?”
“はい。そうですね…食材はいくつか貰っているのでごはん作りますね”
“俺はどうすればいい”
“休んでいてください”
“しかし、あんただけに負担をかけては”
“大丈夫です。あなたはまだ人の身を得たばかりですから、慣れないことが沢山で、まずは休んでください”
“そういって写しに出来ることは何もないから動くなといいたいんだろう”
“いえそんな!んー…、それでしたらまずは料理はどのようなものか後ろでみててください。最初は知らないことを知ることから始めましょう”
“……わかった”
“では今晩は―――”




懐かしい夢を見たなぁ。
先程まで考えていたから、ここに来た時のことを夢に見てしまったんだろうか。
あの頃は二人とその次の日に来た薬研の三人で初めての事ばかりだったな。辛いこともあったけど、やっぱり楽しいこともそれだけあって。

時計に目をやると既に四十分程たっており、少し仕事をして直ぐに晩御飯の準備だなぁと朧気に考える。

重だるい体をおこし、机へ向かおうとすると障子の前に誰かが来たことに気付く。

「はいってもいいか?」

この声と、障子から見えるシルエットは先程まで夢にでてきていた山姥切だ。

「ええ、どうぞ」と声をかけながら手櫛で髪をさっと整えると、手元になにか持っているのか、入ってくるのがぎこちないようだった。

入ってきた彼の手元にはお盆とその上に乗る丼。
なんだと思いつつ、言葉を待っていると「食べろ」とそれを渡される。

「……これ!」

親子丼だった。山姥切を見ると、少し照れ臭そうに纏っている布で顔を隠そうとしている。

「帰ってきてから、あんた落ち込んでいただろう。だから、食べろ。
沢山食べて、風呂にゆっくり浸かって、沢山寝ろ。あんたが俺にそう言ったんだ」

先程からずっと我慢していた涙は、その言葉を皮切りにボタボタと溢れだした。
そんな私に慌てふためく彼はまだ顔が赤かった。

あの夢の続き…。


“―――今晩は親子丼にしますね”
“おやこどん?”
“はい。ご飯に鶏肉と卵と玉ねぎを煮たものをかけて食べるものです。鶏肉と卵と両方入っているので親子丼といわれてます”
“ふーん”
“すごく簡単なんです。鶏肉と玉ねぎを切って、炒めて、汁をいれて少し待ったら、こうやって混ぜた卵をこの中にいれるだけ。あとはご飯にこれをかけるだけです”
“綺麗だな”
“はい。黄色でつやつやしてて…。山姥切の髪も金色で綺麗ですよね”
“っ!綺麗とかいうな!”


“ふふ、さぁ、出来たので食べましょうか”
“いただきます”
“……いただきます?”
“はい。ごはんを食べる前の挨拶です”
“そうか”


“実はですね、私にとって親子丼って特別なんです”
“?”
“私がまだ現世で家族と暮らしていた頃、何か落ち込んだときとか、悲しいときとか、そういった時に母が必ず作ってくれたんです”
“そういうものなのか?”
“いえ、私の家だけの風習といいますか…。なので、私自身もそれが習慣になってしまったので今日は親子丼にしてみたんです”
“今日は散々だったしな”
“そうです。今日は私たち二人の大失敗の日です。なので、親子丼をお腹一杯食べます。一杯食べて、お風呂にゆっくり浸かって、沢山寝るんです。そうすれば明日からまた頑張れますから、大丈夫です”
“……”
“改めて、これからよろしくお願いしますね山姥切”
“…ああ、よろしく頼む”



彼はちゃんと覚えててくれたのだ。
そして心配してわざわざこうして作ってくれたのだ。
嬉しい。その言葉しか出てこなくて、涙は止まらないけど、ひび割れた心は全て満たされていくようで、あたたかくて、心地よかった。

「…っ、やはり俺にこんなもの作ってこられても困るから、悲しいんだな。余計なことをした」
「ち、違います!!!そんなわけないじゃないですか!」

前よりも卑屈になる回数は減ってきたけど、こういう時彼はよく勘違いしてくさくさしてしまう。
勿論全力で否定して、お盆に乗っている大きめのスプーンで豪快に一口頬張った。

「あつっ!はふ」
「そんなに急ぐな!火傷するぞ」
「あふ、ふ、ん。…凄く、美味しいです」
「食べるか泣くかどっちかにしたらどうなんだ」
目から涙は出続けるも、手と口は止められなくて、子供の頃に戻ったように親子丼を食べ続けた。

「ごちそうさまでした」
「…大丈夫か?」
「はい」

「ならいい」と彼は笑みをこぼし、お盆を手繰り寄せる。

「山姥切、本当にありがとうございます。私、凄く凄く嬉しかったです。あととっても美味しかったですよ」

また布を目深にかぶり直し、その場を去ろうとするが、待ってくださいと声をかける。

「あの…」

伝えておきたいことが沢山ある。今日何があったか、これからの本丸のこと、もっと山姥切と深くゆっくり話したいということ、その他にも。
何から話せばと言いあぐねていると「明日でいい」といわれる。
「今日はもう休め。明日からまた頑張るんだろ?」
「……そうですね。はい、明日からまた頑張ります」
「ああ」
「すみませんが今日だけ晩御飯もサボらせてもらいます。よろしくお願いしますね」
「ああ。問題ない」

私が笑うと、彼も笑い返してくれる。

今日は沢山休ませてもらおう。明日からまた頑張れるように。


20220827



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