9、メンヘラ秘蔵っ子信濃


期末テスト
それは夏休みという最高の時間を目の前にしているにも関わらず、浮き足だった生徒たちを容赦なく叩き潰し、更には一部生徒の夏休みの時間すら侵食してくるとんでもないイベントである。
このテストでよい成績を残せない者は楽しく夏を謳歌することを許されないのだ、鬼の所業である。

さて、前回の中間テストは不覚にも赤点をとってしまったが今回はそうは行かない。そう、前回とは違い夏休みという人質をとられているのだ。本気をださざるを得ない。

とはいってもそれを実行に移すことのできる人間なんて本の一握り。大半は気合いだけ入るだけでまともに行動なんてできないのだ。
かくいう私もその一人で、テスト勉強あるある部屋の掃除なんて始めてしまってる。
しょうがないのだ。集中したいにも関わらず散らかっていて気になるような状態の部屋が悪いのだ。こちらに気を遣って勝手に片付いてほしいものだ。
バタバタと足の踏み場に気を付けながらあっちへこっちへ世話しなく動いていると、スマホの着信音がなる。
十中八九鯰尾骨喰コンビだろう。どーせまた勉強うんぬんといいわけをして私で遊び倒す魂胆だ。
無視してやる。こちらは家のなかだ、さすがにずけずけ上がってなんてこれまい。

暫くなっていたスマホもきれ、ものを片付ける音だけになったものの、また着信音が聞こえてくる。これは出るまでかけてくるパターンのやつ。
ここで「だあああああ!うるせえええええ!!!!!」といってキレながらとってしまうと私の負け、勉強もくそもなくなってしまう(勉強してんのかといわれればしてないのだけども…)
ふ、私だって学んだのさ。それから何度も何度も着信がなって切れてを繰り返し、十分後くらいには完全になることはなくなっていた。

勝った。

ふふ、これで私の自由は確約された。
これで部屋の掃除もスムーズに進められ、勉強にも勤しむことができるだろう(多分)

…………

部屋の掃除もあとは整理したものを棚にいれるだけというとこで家のチャイムが鳴った。
どーせ宗三だろう。
やつは私に対しての常識は全くないが、世間に対しての常識はきちんと持ち合わせているのでちゃんとインターフォンを押せる人間だ。
下へ降りて「今開けますよ〜」と玄関を開けるとそこにいたのは宗三じゃなかった。

「やっほ!」
「………」

誰だ…????


…………


何故かそのあと強引に家の中へ上がり込んできて、何故か!リビングではなくぐちゃぐちゃの私の部屋で麦茶をがぶ飲みしているこの少年。
多分あの藤四郎家の人間だと思う。
藤四郎家一斉自己紹介のときにこんな子がいた気がする。

地毛だと言い張る赤い髪に、ビー玉みたいな不思議な目。夏だというのにマフラーをしているが、そのわりにはハーフパンツなんて物をはいてちぐはぐな格好をしている。
「ぷはー、やっぱり夏は麦茶だよね」とかいっているけどなんでこいつこんなに馴染んでるの?可笑しくない?ほぼ初対面といっても過言じゃないレベルだし、私君の名前覚えてないし、逆に私の方が馴染めなくてどうすればわかんなくておどおどしてるんだよ?!と声にはださないものの心の中の彼に説教する。

「それにしても名前の部屋っていっつもこうなの?汚くない?」
「そんなわけない」

クソガキめ、一発いれるぞ。

「じゃあ掃除中だった?」
「そうだよ、というかそんなことより!!君!誰!!?」

そう言い放った瞬間彼の表情はみるみるまに悲しみに染まっていって、しまいには目に涙までたまって今にもこぼれ落ちそうになっていた。
流石にこんなこと予期していなかった私は、勿論あわてふためいて、どうにかこうにかそのまま泣き叫ばないようにしようとしたが、更に思わぬ方向に事は進んでいく。

彼は出しっぱなしの物の中から瞬時にカッターを手に取り、刃を思いっきりだしてそれを己の腕に持っていった。

「は?!?!?!」

流石にこんなこと誰が想像できるんだよ。
私は自分で思っているよりもはやく、彼のカッターを握っている手を横方向へはたき、カッターを飛ばした。
幸か不幸かカッターは壁紙に当たりがっつり傷が付いてしまった。

「ぬあ!!!壁!!!」

いや、そんなことよりもだ。

「なにやってんの君?!!?!!!!」
「だって!名前俺のこと覚えてないから!絶対に忘れないようにって」
「馬鹿!!!!!え、馬鹿なの?!ねぇ?!流石にそれはないでしょ!!!」

なんなんだよこのメンヘラ!!!!!年的に後藤くんと同じくらいでしょ?!小学生のくせになんでこんなに病んでるの?!怖い、怖い通り越しても怖いしかでてこないよ!!

「多分藤四郎さんの子だよね?!藤四郎家大集合で全員一気に覚えられるほど私の記憶力よくないよ!!!!?舐めないでくれる?!」
「…そうじゃ、なくて」
「は?」
「……ううん、ごめんなさい」
「分かればよろしい…(ぜんっぜんよくないけどな!!!!)」

今の一瞬のやり取りで確実に寿命が十年持ってかれた。しんどい。そしてあのがっつり傷ついた壁紙どうしよう。絶対お母さんお父さんに怒鳴られる家を叩き出される、死ぬ無理。

「あの、俺、信濃藤四郎」
「あ、うん。あんな事されたら嫌でも忘れられないよ、ちゃんと覚えとくからね信濃くん(絶対いつか痛い目あわす)」

嫌みのつもりでいったはずなのに、等の本人は先程とはうってかわって花の咲いたような満面の笑みでうんと頷いていた。
メンヘラまじで怖い。今度後藤くんに相談して彼を一度精神科つれていった方がいいって遠回しにいっておこう。

※補足というなの蛇足(名前の自己主張)
上記の後藤が相談相手として選ばれているのは、既に藤四郎家での常識人が彼だと認定されているからである。因みに数少ない名前の気の許せる相手である。小学生だということはもうなにも気にしていない。
鯰尾と骨喰は当たり前のように論外である。

「で、なんで信濃くんはいきなり私の家にきたの」
「えー?電話いっぱいしたんだよ、俺」

あのアホみたいになっていた着信は全部信濃くんだったんかい!!!!

「ちゃんと事前に断りいれてから行こうと思ってたのに全然でないから」
「だからってアポ無しでコナイデモラエマスカネ」
「もー!名前酷い!俺どれだけ名前に会いたかったと思ってるの?!」
いや、しらん。

「やっと会っても良いって許可でたから、堂々と会いに行こうと思って、だけど電話でてくれないし、行ったらいったで俺のこと忘れてるし…」
怖い怖い怖い。メンヘラっていつ地雷踏むか分からないから怖い。リアルマインスイーパーじゃないかよ。
「とにかく、名前のこと大好きだからこれから沢山会いに行くね」

そういってにこにこ笑う彼はおもむろに此方に近づいてきて、あろうことか私のほっぺにチューしやがった。

「ん!?!!!」
「へへ、大好きってそういうことだからね?」
「は?」

タスケテ
この際鯰尾くんでも骨喰くんでも誰でも良いからこのメンヘラ小学生どうにかして…。


結局その後、私の脳みそはキャパオーバーして「なんでも良いから部屋片付けるの手伝って」と提案し、メンヘラ信濃くんは「名前の懐にいれてくれるならいいよ」と謎の等価交換をしてきた。
勿論私の脳みそは使い物にならない状態だったので適当にいいよと返事をし、片付けを早く終わらせることに成功した。
しかし、脳みそが使い物に以下略なので勉強しようと思っても何も内容が入ってこず、更には懐にいれてといってきたメンヘラくんはコアラの赤ちゃんのごとく私の真正面から思いっきり抱きついてきて、余計に勉強などできる状態ではなかった。

それからというもの、いつのまにかご飯の時間になったのに何故か帰らないメンヘラくん。
そしてリビングで対面してしまったうちの父母+宗三と小夜ちゃん。
流石に脳みそ以下略の私でもメンヘラくんと宗三の間に電撃が走ったのはわかった。
宗三は此方へ床に穴が空くというほどドスドスと近づいてきてゴリラもビックリのパワーでメンヘラくんを引き剥がし外へ放り出した。
この間僅か十五秒である。

そして何故かめちゃめちゃ怒られた。
なんで?


20230110



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