英雄が恋しい

※アイドルやってるけどフツーに恋人いるので注意


私の恋人はアイドルだ。
色々突っ込みどころはあるとは思うが、そこは割愛することにしましょう。

アイドルゆえにやはり会える時間は少ない。
彼の前職は警察官で、それなりに休日もあったのだが転職してからは決まった休みもなく、休めたとしても急な仕事や練習など完全に休みというものはあまりない。
勿論、こまめに連絡はとるし、会えるときは会うのだが

「…やっぱり寂しいなぁ」

そんな独り言もしんと静まり返っている自宅のリビングにさっと消えていってしまう。
元々寂しがり屋の私はLINKや電話などよりも顔をみて話したい。やはりその方がちゃんと存在を確認できるし嬉しいから。

ここ最近はよくテレビにも映っているけど、それはなんか違う。アイドルという肩書きで映る彼は遠い存在で、自分の恋人であるのはわかっているけどやはり見えない線があって、アイドルの握野英雄は私の恋人の握野英雄ではないと思い知らされてしまう。

笑顔を作るのが苦手だけど、ちゃんと自然に笑えている。顔で怖がられることが多いとは言うもののやっぱりアイドル効果とでもいえばいいのだろうか、キラキラしている彼をみて知ってしまえばそんなこと気にすることでもない。
甘いものが好きなことだってすぐに知られているし
私が勝手に思っていた“特別”はあっさりと全国のいろんな人たちに持ってかれてしまう。

物理的に会えないのも、私たちの特別もなくなっていってしまうのは寂しくて寂しくてしょうがない。
しょうがないけどこんなこと言えない。
だって彼はアイドルが好きだから。FRAMEという所属しているグループの他のメンバーも、プロデューサーも、同じプロダクションの仲間たちも皆々彼にとっての大切なもの。
それを無視してまでそんな気持ちを押し付けるのは私のわがままだ。
今売りだし中のアイドルで、恋人がいるという事実はあまりよくない情報だ。
頭の中では理解している。彼が楽しいと思うことを優先してほしいし、それをもっと先へ進みたいというのなら全力で応援したい。それを私のわがままで邪魔しちゃいけない。

理解のある人にならなきゃいけない。


「はぁ」

分かってる
分かってる、けど…

けどなんだよなぁ…

そんな時チャイムがなる。
そういえば最近ネット通販で手袋をかって、まだ届いてなかったからそれかなぁ、なんてぼんやりと考えながらのそのそと玄関まで移動する。
宅配業者さんが帰らないよう「今でます」と声をだし、素足で少し汚れているスリッポンに足をいれ扉を開けた。

「よっ!」

目を疑った。
そこには会いたくてたまらなかった張本人が機嫌の良さそうな表情でたっていたのだ。
手には小さめのレジ袋をかけている。少し肌寒くなってきたから首にはマフラーも巻いていて、去年のとは別の、多分新しく買ったであろう落ち着いた色味のものだった。

けど、なんで彼がここに?今日は仕事だったときいていた。朝だってLINKで頑張ってねと一言二言やり取りしたのに。
声をだすのさえ忘れてた私に流石に不安に感じた英雄くんは心配そうに顔を覗き込んできて、骨ばって長い指で私の頬を撫でた。
久々に触れた彼の手が何十年ぶりかのように懐かしくて、思わずポロポロと涙が溢れた。

「えっ!?お、おい、どうした?!具合でも悪かったか、それともなんか嫌なことでもあったのか?!」

先程とはうってかわってあわてふためく彼に余計に愛しさが込み上げる。

「さみしい」
「え」
「さみしかった…」

言わないでおこうと、そう決めていたのに。
涙と共に一緒に漏れでてしまったんだろうか、涙をぬぐうことなんかいい、そんなこと大事ではない。
もっと大事なことはほかにある。

言葉が漏れでると同時に、まるでだれかに操られてるかのように私の体は迷いなく英雄くんの体を抱き締めていた。
抱き締めた瞬間に香る彼のにおい、体温、聞こえてくる心臓の音。ずっとこうしたかった、こうしていたいのだ。

顔は見えないけどか細い「ごめん」という声と共に彼の両腕は私を離さないよう強くぎゅっと背中に回った。

国民的アニメ映画で田舎に越した姉妹。その妹が突然姉のいる学校にきて姉にぎゅっと抱きつくシーンがあったな。
私ははたからみればその子と一緒なんだろう。私もその子の気持ちがいたいほど分かる。

玄関は開けっぱなしで、外から丸見えで、パパラッチなんていたら格好の餌食にされてもしょうがないのに、英雄くんは暫くの間私の気持ちを受け止めるように抱き締め続けてくれていた。


20230109


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