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試合当日

施設の男たちはいつもよりバタバタとせわしなく動いており、朝練を軽くしたのち、私はずっと与えられた部屋で待機していた。

朝練なんてウォーミングアップだろうに、その時まで分析させられるとは思っていなかった。試合が始まればまたやらされるのだろうが、その点について不安に感じていることが一つ。
会場の自チームのベンチではなく、モニタールームのような閉鎖的な場所で作業をさせられることだ。
今日ほど沢山の人が集まっている時はない。それに対戦相手は雷門、円堂たちが来ている。もしかしたら影山から逃げられるかもしれない。
だから、どうか逃げられる可能性の高い開放的な場所へ連れていってほしい。

そしてもう一つ気になること。
神のアクアだ。

今日も彼らはあれを飲む。仮説としてドーピングだとは思っているものの確証はない。

その時私はどうするべきなのか…。
止める?無視する?
拐われてこのチームの分析をさせられている身。このチームに対しての感情なんてない。それに、職員の一人に思いっきり殴られたし。頬の腫れは最初より落ち着いてはいるが、まだ少し残っていて痛み止めの湿布も貼っている状態だ。好感度なんてものはない。
それに彼らは望んであれを飲んでいた。どんな説明を受けて飲んでいるかまでは知らない。

あぁもう、全然考えがまとまらない。
結局私は何がしたいんだ…。


―――

幸いなことに、私は控え選手のベンチへ誘導された。久々に浴びるであろう日光よりも相手チームである雷門の皆しか意識は向かない。
皆思っていたよりも元気そうでほっとしたというのが本音。それに、私たちが登場したとき、明らかに目があった。すごく驚いてる人達もいればほっとしたような表情の人も。
残念ながらブレスレットはそのままつけられているため、下手な行動がとれないというのが現状だが、大勢の人がいて室内じゃないという絶好のチャンスを見逃すわけにはいかない。
どうにかして逃げなきゃ。

雷門に挨拶というなの煽りにいったアフロディと円堂の間には、一触即発の雰囲気が感じられる。
試合前に喧嘩とか、そんな馬鹿みたいなことしないよね?とハラハラしている時だった。

「苗字ーー!!!」

円堂が持ち前の大きな声で私の名前を読んだ。
思わずベンチから立ち上がり、目の前の手すりに掴まり身を乗り出す。

「絶対勝って、助けるからなぁー!!」

そういっていつものあの笑顔でこちらに拳をつきだす。
その一言に、ごちゃごちゃ考えていたことも、不安も、恐怖も、全て吹き飛んだ。
無意識に付き出した自分の拳にチラつくブレスレットをみても何も怖くない。
電流が流れるなんてものだとしても、それは陳腐なおもちゃにしか見えなくて。ただの一言だけでこんなにも人は安心できるのか。

私はどうするべきか…。やっと分かった気がする。

―――

控えベンチには私と監視の男一人。
他の控え選手はいない。今までもいなかったんだろうし、必要すらなかったんだろうなと思う。

いよいよ試合が始まる。たぶん、あの水…“神のアクア”がでてくる。
さっきの円堂の言葉で私のやるべきこと、やりたいことがはっきりわかった。

控えベンチの奥。会場内に繋がる通路から男の一人が、カートを押して現れた。選手全員分の水を持って。
選手たちはカートの回りに集まり、カップを手に取ろうとする。けど、その手よりも前に私は手を伸ばし彼らの行動を静止させる。

選手たちの目も、運んできた男の目も此方を突き刺すくらい鋭く、今にも気持ちが押し潰されそうになる。ぐっと足に力をいれ、アフロディに話しかけようとしたそのとき、監視の男に羽交い締めにされた。
やば。これじゃあ何もできないまま終わってしまう。と思ったのも束の間、アフロディが男に手のひらをむけ「なんだい?」と私に声をかけてくる。勿論その表情は全くもってにこやかではないのだが。

「それ、飲むの?」
「君も見ていたじゃないか、いつも飲んでいるのを」
「そうだね…。正直、あんたたちの元々の強さは知ってる、私が見たとしても、そのレベルの高さはちゃんとわかる」
「ありがとう。だから?」
「あんたたちが、サッカーが好きであそこに立つなら…絶対に飲むな」

私の考え、彼らが望んでドーピングをしているのかが当たっているかは未だに確証はない。
それに、こんな犯罪に加担させられそうになってる私自身、こんな面倒なことに首を突っ込むのも得策じゃない。
それでも、スポーツが好きな人間がこんなことしてはいけない。

そんな人間がスポーツが好きなわけない?
彼らのポテンシャルの高さはすごい。けど、いくらポテンシャルが高くても、それをちゃんと出せるのは練習をこなしてそれなりの努力をするから。
そんな彼らがスポーツを、サッカーを嫌いなわけないと私は信じている。
だからこそ、影山の脅しだとしても、彼らが望んでいたとしても、これは絶対に飲んでほしくない。

頼むから、飲まないでくれ!

「…飲むよ、僕たちは」

ガードにもなってない私の手を避け、アフロディはカップを手にとる。
それを皮切りに他の選手たちもカップを手にとり、高らかにかかげて飲んだ。

そうか、あんたたちはそういう選択をするんだね。
救いたかったとかそんな綺麗なことは思ってない。
どんなスポーツ漫画やアニメをみても、本気でスポーツが嫌いなキャラクターなんて殆どいない。皆多少なりとも好きな気持ちがあって、だからこそ本気で悪いことなんてしない。してもちゃんと改心する。だって自分の中の“好き”の気持ちがあるから。
大なり小なり、その“好き”を大事にしてほしかった…。


でも、そうか。この世界はシビアな世界みたいだ。
大人に騙されて、唆されてなんてことはあるけど、彼らはいまそれを自分の意思で飲んだ。

もういい。私なんかにどうにかできる問題じゃないのも分かっていたし、自分一人で解決できるなんておこがましい考えもない。

こんな行動を取ったのは私が彼らを少しでも信じたかったから。
それももう終わり。
今この瞬間から、私は彼らのことを軽蔑する。


―――


始まった試合はそれはもう酷かった。
試合なんて呼べるものじゃない。一方的な暴力といっても否定する人は少ないんじゃないんだろうか。

私はいつも通り分析しろなんていわれてこの場にいるが、分析するも何も雷門は地に伏せていて、ただ向かっていくのが精一杯。
世宇子の選手に関しては、そんなの相手にするまでもないと手を抜きっぱなしの行動しかしない。
分析のしようもないのだが、手抜き状態の彼らのデータすらほしいのか?と、とりあえずファイルに記録を納める。

そんな時、わざとボールを外へ蹴りだしプレーを中断にする。
何事かと思えば神のアクアの補給らしい。次は少し濃度をあげなければとかなんとかいっている。

もうどうでもいい。好きにすればいい。
そんなことより、問題は雷門だ。まだ前半さえも終わっていないのに彼らは満身創痍。それにもう交代もきかない。
あんなにボロボロな状態で試合なんか続けたら、何処かかしら故障してもおかしくない。
勿論彼等には勝ってほしい。こんなチームに負けてほしくない。影山にだって。
それでも今後サッカーをできなくなることと天秤にかけたとき、純粋にそういえるか…?

ピー。

試合再開のホイッスルがなり、先程と何も変わらない展開が続いた。

―――

後半戦になっても状況は同じ。ボロボロの皆をなぶって、ゴールも決めずに立ち上がったところをまたなぶる。

本当に胸くそ悪い。でも、何度でも立ち上がる彼等に若干だが世宇子の選手たちも焦りがでてきているような気がする。前半での動きよりも今の動きのほうが多少の雑さがうかがえる。

そりゃあそうだ。こんなに粘り強い人達なかなかいない。悪い言い方をすればゾンビを相手にしているような感じ。
これは…ひょっとしたらひょっとするのだろうか?

そんな時、円堂とアフロディとの間で一悶着起きているみたいで、あのアフロディがこちらにも伝わってくるくらいに憤怒していた。
諦めるなんて言葉を知らない円堂に対し、焦りが怒りに変わったんだ。あんなに怒りを露にする彼は、どこか滑稽にも思えて、でもその怒りのせいか遠目ではあるが彼の体つきが変わったように思える。
まさかドーピングの影響…とか?!

放たれる本気のゴッドノウズ。
そして円堂もまたそれに立ち向かうべく必殺技を使った。


円堂が必殺技を使ってアフロディ渾身の一発を止めた瞬間、会場は勿論ベンチも私も心のそこから沸き上がった。
これを、ずっと待っていた。自分のやることすら忘れ、ベンチを立ち上がり会場の観客たちと一緒に腹の底から彼等に声援を送った。

その姿はまさに主人公。あぁ、円堂たちは勝つんだ、勝てるんだ…。
雷門のフォワード陣が得点を決めるなか、アフロディも負けじと追加点を狙う。けど、それは円堂が先ほど使った必殺技で容易にキャッチされてしまう。

彼はそのまま膝を付き、その現実を受け入れたくないと動かなくなってしまった。

挫折

彼はきっとそれを味わっている。でもまだ試合は終わっていない。チームの指揮自体も下がってて、モチベーションだって下がっているだろう。
でも、体力は彼らのほうがあり余っている。円堂たちなんて満身創痍だ。それとそもそもの強さだって雷門に負けていない。私がそれを実際にみてきたんだから分かっている。
それなのに……。

次々に得点され同点というとこまできた。
時間ギリギリではあるが雷門は一点を決めるだろう。それなのに、彼らは全く動こうとしない。

彼らを軽蔑するって決めた。もうなにもしないとも。
掴んでいたペンに力がこもる。

自分でも何をしているのか一瞬分からなかった。けれど、体が勝手に動いていた。

先ほど円堂たちに声援を送ったときのように同じように、ベンチから身を乗り出し叫んだ。

「最後まで諦めんな!!!」

手の空いている世宇子の選手も、雷門の選手も信じられないような顔で一瞬此方を見た。
それからすぐに雷門はフェニックスという必殺技で逆転し、試合が終了した。

20220907




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