5A


努力をしてはみたものの、結局二時間も寝れなかった。
タイマーのなる数分前に起床し、さっと身支度を整えて冷蔵庫の中を確認する。
「げっ」
思わず顔を歪めてしまったのも仕方ない。なにせそこに入っていたのはゼリー飲料などの携帯食と水。
こんな施設だからと言われれば納得できるっちゃあできるが…。流石に選手たちにはちゃんとした食事を与えているよな?と疑問に思いながらも適当に口にして、持っていってもいいといわれていた選手たちの基礎データファイルを開いた。
昨日ざっと目を通しているから大体は把握済みだが、もっと詳しく読んでおかなければ分析をする際に手が止まってしまっても困る。

ペラペラと一言一句見逃さぬよう集中していれば時間はあっという間に過ぎ去り、ドアをノックする音が聞こえる。迎えが来たようだ。


―――


練習が始まった。
しかし気になることが一つ。
また練習が始まる直前に全員で水分を補給していた。
なんだあれ?昨日も思ったが何故練習が始まる前に飲まないのだろう。時間が無駄になるなんて言う割には少々ルーズではないか?もしあれがEAAやHMB等の運動を補助する目的で飲んでいるとしても、直前より何十分か前に飲んだ方が効率もいいだろうに。

昨日と同じ場所で同じように手を動かしていた。
それにしても、必殺技を抜きにしても彼らの身体能力の高さには目を見張るものがある。
中学生でこのポテンシャルなのに世界のレベルや、プロサッカーチームのレベルはどんな風になっているのだろうか。
テレビでみていたときは意識をしているわけではないし、なんだったら野球中継にすぐに変えていたもんだから、木野ちゃんは無意識で見ていたんじゃない?とは言っていたけどあまり印象には残っていない。

野球ですら高校、大学とプロでは大きな差がある。いくら甲子園などですごいたまが投げられる、ガンガン打てる、どんな球も捕球できる、そんな長所があったとして、プロにはいればそれは全くの自慢にならない。
それ以上の力を磨いて磨いて、苦手なこともそつなくこなせるレベルに上げなければお話にならないのだ。

必殺技なんてものが使えるこの世界ではプロなんてなってしまったら宇宙大戦でも始めてしまうレベルになってしまうのでは。
流石にそれはないなと、自重気味に鼻で笑い、埋まってしまった紙をめくりまっさらな紙を撫でた。



「あの、お手洗い行きたいんですけど」
生理的現象ばかりは抑えることは出来ないので、男達の元へ向かい声をかける。
二三人がこちらを向き、ヒソヒソと話してからそのうちの一人が「ついてこい」とリモコンを持ちながら歩いていった。

リモコンとは想像の通り、脅しのためにはめられているブレスレットのものだ。
別に奪い取ろうなんて気はない。味方も一人もいないこんなところでそんなことをするのは愚の骨頂だし、そもそも逃げる場所だってない。

それにしてもじっとして黙々と何かを書き続けるというのは存外肩がこる。立ち上がっただけで体がバキバキなる。毎日野球をしていた身としては苦痛でしかないのだが、文句の言えない立場だ。

首を回しながら歩いていると扉の空いている部屋から声が聞こえてくる。なんだ?と思いつつ一瞬立ち止まりぼーっと眺めていると、謎の単語が聞こえた。
「神のアクアの濃度はデータが少なくてまだまだ細かくは調整できないな」


“神のアクア”?
先導してくれている人から少し離れてしまったなと、すぐその場を立ち去り目的のトイレへ用をたしに行った。


―――


グランドに戻ってきてからというもの、分析なんておざなりに、先程の“神のアクア”というものがなんなのか考えていた。

名前からして水、または何かの液体だと思われる。
より深く掘り下げるにはその後言っていた、濃度のデータが少なくて調整が難しいみたいなこと。
濃度と言うからには液体を薄めて使っているんだろう。そしてデータが少ないということは、まだそれを実践したばっかりで日が浅いからか、データを一回に取るための時間がかなりかかる、もしくはその濃縮元の物がかなり希少なものでつくれる数が限られているなどの理由が考えられる。

そもそもなんの実験なのか、それはなんなのか全く分からないが……度々脳裏によぎるのは、あの練習直前に飲む水。

勝手に脳内でそれがでてくるだけで、あれがその“神のアクア”だなんて物だという証拠は一切ない。
それなのにこんなに嫌な感じがするのはなんなんだろう。これ以上は考えるなと思いつつも、一度考え始めた私の頭はもう止められなかった。

神のアクアを練習直後に飲む
それを使ったデータを取る
なんでデータを取る?
神のアクアの効果を知るため
じゃあその神のアクアの効果って?

彼らはそもそものポテンシャルも高くて、それにこの世界の仕様として物理法則を無視したプレイが出来て、それを加味したとしてもどこかその強さは違和感があって……

だめだ、これ以上考えたら

“多少の睡眠は必要だけど、それ以外はあまり必要ないよ。僕達は“神”だからね”
“人間なんかとは違う、特別な存在なんだ”


「…ドーピング」

口から小さくその言葉が漏れてしまった瞬間、私はとっさに自分の口を塞ぎ、動きを止めた。

まずい。これは、だめだ。そんな…そんなことは。
ブレスレットのことを考え、手を適当に動かすもそれはもう字ではなくミミズのはったような線にしかならなくて、一つの仮説としてたどり着いてしまった恐ろしい答えに呼吸を乱すことしか出来なかった。

これはあくまで仮説。けれど、どうしようもないくらいピタリと、その疑問というなの空欄に当てはまってしまう。
ドーピングなんてスポーツを楽しむ者であればやってはいけない、当たり前のことだ。
影山はなんでもやる男だときいていた。それでもこんな、スポーツを侮辱する行為まで平気でしてしまう人なのか。いや、だからこれは仮説で……


もし…もしもの話だ。これがドーピング剤の効果をみるために行われているのだとしたら、じゃあ彼らは?
アフロディたち選手は言いなりでこういうことをさせられているの?いや、それはない。だって彼は自分達が神だと、選ばれた者だと言っていた。
彼らは望んであれを摂取している。

そういう考えが浮かんだ瞬間、先程までの混乱が収まるのと同時に体の底からすっと何かが冷めていく。

「おい、先程から様子がおかしいがどうかしたのか」

向こうにいたはずの男の一人がすぐそばまで来ており、ファイルを覗き込んだのちそう声をかけてくる。相変わらず無機質な声だが、心配しているということはなんとなくわかる。

「……大丈夫です」

自分で思っているよりもずいぶん冷めた声がでてしまった。

「…体調が悪いなら声をかけろ」
「はい」

グラウンドの上の彼らは悪意のない純粋な顔でプレイしている。
それがどうしようもなく腹立たしかった。


20220830

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