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※若干の暴力描写あります


円堂たちサッカー部が苗字が消えたことについて聞いたのは、世宇子中のアフロディが襲来してからたった一時間後のことだった。
練習中のはずの野球部の面々は学園内をくまなくまわり、残っている生徒たちに手当たり次第に声をかけるも成果を得られず、サッカー部に聞きに来た際、ずっと恐れていたことがとうとう起きてしまったと分かってしまったのだ。

野球部の話では、「気付いたらその場から消えていた」「まるで神隠しにでもあったのかというくらい、本当に一瞬で消えた」と口を揃えて言っていたことから、アフロディがサッカー部に来た後、そのまま苗字の元へ行き、例の技によって連れ去ったのではないかと考えられた。

彼に見せられた圧倒的な力と、円堂の習得できない必殺技、それに加え苗字の失踪に、雷門サッカー部はかつてないほどに動揺していた。


―――


その頃影山に命じられ世宇子中サッカー部の分析をしていた苗字はつかの間の休息を取っていた。

自分の疲労感が分からない今、休息を取れと言われてもなかなかに難しい。
私が突然いなくなって野球部はどうしているだろうか。地区大会もそろそろ大詰めで、そんな緊張感が漂っているときに余計な心配をかけることだけはしたくなかった。
それをいったらサッカー部だって。同じ部活でもないし、それほど仲のいい友達でもない。それなのに危険が迫ってくれていると教えてくれたり、親身に話を聞いてくれたり。彼らだって二日後か明日かはよくわからないけど、このチームとの決勝が控えている。
円堂率いる彼らのチームなら、野球部の皆と同じくらい、いや、もしかしたらそれ以上に心配してるかも。

それにしても
「どうしたもんかなぁ…」
「なにがだい?」
「っ、びっ、くりしたぁ」

グラウンドのベンチで動かずにそのまま休憩を取っていた。私の周りによって来る人なんていないから、後ろからいきなり声をかけられて必要以上に驚いてしまった。
驚かせた張本人のアフロディはこちらの気苦労も知らずに呑気に笑っていた。

勿論私的には面白いわけもなく、ふて腐れ気味に体の向きを元に戻せば、彼はそのまま隣に腰掛けた。

「で、何がどうしたもんかね?」
「…教えると思う?」
「ふふ、大方ここにつれてこられたことだろう?君は真面目なようだし」

そういって目線を私の書き込んでいたファイルに移す。

「ねぇ、今は休憩だけどいつまで練習するの?大会なら体調も整えるためにあまりハードなことはしない方がいいと思うんだけど」
「それは雷門サッカー部に言ってあげるべきだったね」
「……円堂か」
「彼は存外諦めが悪いみたいだから、今も僕たち以上に無茶なことばかりしているだろうさ」
「円堂は別にいいよ。言ったって聞かないし、そもそもそんなことすら伝えられないし」
「怖いかい?それとも、寂しい?」
「……」
「どう答えたところで僕達からしてあげられることは何もないんだけどね」
「そんなことはいいよ。だから貴方たち自身はちゃんと体を休めなくていいのかって聞いたじゃん。あー…もう、話すごい脱線したし」
「多少の睡眠は必要だけど、それ以外はあまり必要ないよ。僕達は“神”だからね」

さっきまでのシリアスな雰囲気はどこへやら。突然何をぶっこんできたかと思えば、いきなり自分のことを神とか言い始める。
あまりのことに「どうしたんだい?面白い顔になってるけど」という彼は人を小馬鹿にしながらも、全然冗談をいったとかそういう感じではなくて…。
それでもまぁ、自分のことをそれほどの実力者だと形容してるのだろうと思い返事をする。

「あんたみたいな人も冗談とかいえるんだね、ちょっと意外」
「冗談?」
「さっきの。自分は“神”だって話」
「ふふ」

そういうと何故か今度は自分で笑い始めた。いや、そんなに面白いかな。ツボ浅すぎない?なんて考えていたらどんどんその声と口の大きさは大きくなっていき、ついには高笑いしていた。
ええ、と困惑していたら彼は私の目の前に覆い被さるように立ち上がった。

「冗談なんかじゃないさ!僕たちは“神”。人間なんかとは違う、特別な存在なんだ」
「……は」
「ああ、そうか。まだ普通にサッカーしているところしか見ていないから分からないんだね。大丈夫、休憩が終わってからが本番だ」

「じゃあ、残りの休憩時間ゆっくりしてくれ」と先程の怖い顔とはうってかわって、綺麗に微笑んでチームメイトの方へ歩いていった。

なんだったんだ今の。本気で自分が神様なんて馬鹿なこと思っているの?
あらかじめ渡されていたペットボトルに入った水を飲むために掴もうとすると、手を滑らせて落としてしまう。いや、手を滑らせたからじゃない。よく見るとその手は震えていた。

怖かったんだ。あの怒ったような、楽しそうな、とにかく気迫のこもった表情。

落ち着け、大丈夫。
ここに来たときと同じように自分に暗示をかける。一瞬よぎるのはサッカー部の楽しそうな練習風景。
助けてなんて言葉届かないけど、心のなかで自然と溢れてしまうその三文字。
少しだけ泣いた。


休憩が終わり、次が本番だなんて宣言とはうってかわって、彼らは何故か一番最初に水分補給をし始めた。
なんだ?さっきまでずっと休憩時間だったのだから、それくらいのこと事前にすませとけばいいのに。頭を押さえてため息をはいてると、男の一人がやってきて「先程と同じように、フォワードから同じ時間で区切って分析をするように」と告げられる。
はいはい、自分の身がかわいいからやりますよ。と口には出さず。ペンを持つ手に力を込める。

しかしどうだ、ホイッスルが鳴った瞬間私は目を疑った。

「なんだこれ……」

先程と動きが変わっている。勿論良い方に変わってはいるのだが、あれだけ動いてそれに見合わない休憩時間だったというのに、ここまで体調は回復するものなのか?
これが先程言っていた神ってことか?なんて考えを巡らせていた瞬間、デメテルが「リフレクトバスター」と叫ぶ。それと同時に地面がえぐれその浮いている土壁を反射板みたいに利用しシュートをうった。

「なにこれ」

思わず手が止まってしまう。
これが“神”の力ってやつ?いや、それとも“この世界の普通”?
訳が分からない。

ペンを握り直す気すら起きず、頭を抱えて俯いた。
なんて世界に転生させてくれたんだ“神様”は。

その後も彼らは何かしらの技を使い練習を続けていく。けれど、手元のファイルは依然として白紙のままで、こんなの何をかけばいいというのか。
私にとってこれは“普通じゃない”だから分析なんて不可能。
ほら、これが当たり前のことなんだよ。

私の異変に気づいた男の一人がこちらにきて、分析を全くしていないことに怒り出した。
「なんなんだこれは!!こんなことをされては時間の無駄ではないか!
ずっと見ていただろう、早くかけ!」
「…かけません」
「な、なに?」
「あれは私にとって普通のことじゃありません。だからどう分析すればいいのか、それすら分からないので、かけません」

素直な意見をいった。書き込んだところでそれは何の役にもたたないただの私の感想なのだ。
「こ、このっ」
今にも手が出そうな雰囲気だが、私だってこれ以上どうしようもない。
その時グラウンド全体に声が響く。

「何があった」

影山だ。

「実は…」
目の前の男はインカムで事のあらましを話し始めた。しかし、彼のいっていることは少しばかり私情が入っており、私がやる気がないからやらないという風にも捉えられてしまう。それはそれでまずい。
大胆な行動ではあるが男のインカムを無理矢理奪い取り、その怒鳴り声にも耳をふさいで影山に話始めた。

「私自身に話させてください。やる気がないとかそういう問題じゃないんです!」
「ではどういう問題だというのだ」
「それは」「ふざけるのも大概にしろ小娘!」
「いっ!」

怒鳴り声をあげていた男はとうとう、私の肩を掴み正面を向かせ、頬に拳をぶつけてきた。
本気の攻撃だった。
地面に倒れ、その反動で勿論体も打ちつけるはめになる。殴られた頬はじんじんと痛みと熱をもちすぐさま腫れてきた。反射的に涙もポロポロ落ちてくる。

しかし、事態は急転。私を殴った男は他の男に拘束されて何処かへ連れていかれた。
男は必死に離せ、やめてくれ、と叫んでいた。

私はというと他の男に連れられ、最初に寝かされていた医務室で怪我の応急処置をされていた。
男は必要最低限、「他に痛むところは」「どういう風に痛むか」のようなことだけを聞き、最後に「ここで待て」とだけいって戻っていった。

男がでていって直ぐに影山が入れ違いで入ってきた。
まっすぐ私の目の前までやってきて「先程のはどういうことだ?」と聞いてくる。

「私、生きてきて初めてああいうの見たんです」
「ああいうのとはなんだ」
「えと、物理法則を無視したプレイというか、超能力的な動きというか……だから、それが分からないからこうして言いあぐねてるんです!」
「…もしや必殺技のことか?」
「必殺技…」

その一言で全てが片付いてしまった。成る程、この世界ではああいったものは“必殺技”として扱っているのか。

「で?」
「私にとって必殺技は普通のことではないです。それを分析なんてことしたって、それは拙いものになるし、ただの私の感想にしかなりません」
「だからなんだというのだ?」
「え?」
「初めて見たのならそれを基準に分析をしろ。拙くてもなんでもいい、ひたすらに感じて考えてありのままを書け」
「そんな無茶苦茶な」
「いったはずだ。お前はダイヤの原石。至らないところがあるなんて承知の上だ。
だからこそ、ひたすら見て考えて学べ。そうすればお前は私の求める最強の人材になる」



それから私はまた先程のベンチへ戻らされひたすらペンを動かした。動かさなければいけなかった。
また下らないことで時間を無駄にされては困ると手首に太めのブレスレットをはめられた。
それは一定時間手を動かさなければ体に電流が流れるとかいうとんでもない代物だった。バラエティーなんかで良く見るとしても、あれは大体がやらせで、威力も大したことないものだ。

人体には影響のないレベルだとはいってたものの、そんなの何回も流されれば影響なんてあるに決まっている。
ある意味拷問器具だ。

だからこそ、自分では出来てないと思ってもただひたすらに紙に書きなぐることをやめなかった。




結局今日はもういいといわれたのが三時間後。とりあえずブレスレットの機能をoffにしてくれて、私は通されたビジネスホテルのような部屋で体を綺麗にし、置かれていたジャージに着替えベットに潜り込んだ。

通された部屋で初めて時間を確認できたのだが、なんと夜中の十一時を過ぎていた。

お腹は空いていなかった。自覚がないだけできっと空腹状態であるはずだが、それもこれも全てこの環境のせいだろう。
緊張状態で食べ物も受け付けないし、ベットに潜ってみたものの眠気もほとんどなかった。
食料は小さな冷蔵庫にいくつかはいっており、電子レンジも備え付けてあるためいつでも食べれるようにはなっている。ともかく食事は起きてから。
まずは体を休めなければ。
と焦燥にかられるのは今後の事を恐れて。もし倒れてまた何処か知らない場所へ連れていかれたりしたらたまらない。

明日の朝は七時半迎えにくるといわれているので、ベットについているタイマーを六時にセットし、布団の中で目を閉じ時間が過ぎるのを待った。




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