鳴狐と揚げ納豆


「主さま、お久しぶりです」
「あぁ、こんのすけ。来ていたんですね、お久しぶりです」

ふかふかでずんぐりとしたフォルムが隣にいた。

一つの本丸に一匹は必ず配属されるこんのすけ。彼等にも個体差があるらしく、うちに配属されているこんのすけは毛量が多くて、まん丸顔で、言っては失礼かもしれないが狐というよりは狸に近い見た目だ。そんなところが可愛いのだが。

机に向けていた体の向きをこんのすけの方へ移し、「今日はどうされたんですか?」と聞くと「これを」と一枚の封筒を渡される。
机の上のハサミを手に取り端の部分を切る。
中にはいっているのは一枚のみ。

「これは…」
「はい、最近の業務についての報告会…というかお呼びだし、ですね」
「…とうとう来てしまいましたか」

この紙の意図するところに自覚がないわけではない。寧ろ思い当たる節しかないのだが…。

「いえ、分かりました。自覚がありながらそうしてきた私に非があります。腹をくくって向かうようにします」
「はい。まだ当日までは日があるのであまり思い詰めないでくださいね」
慰めなのか、こんのすけは左前足をちょこんと私の膝に置き下から顔を覗き込んできた。
「分かりました」
その心遣いが嬉しくて、彼の頭を優しく撫でた。


「あるじどのぉ〜」
てってってと可愛らしい足音と共に聞こえてくるその声は、鳴狐のお供のようだ。本人の影は見当たらないのでお供だけでこちらに来たのだろう。これでは戸を開けられないだろうなと思い、顔をだすと「油抜きが終わりましたので、わたくしめがお伝えに参りました!」と元気良く教えてくれる。

「ありがとうございます」とこんのすけと同じように一撫でして、あっ、と思い付く。

「こんのすけ。良ければお昼も近いですし、また一緒に食べていきませんか?今日は油揚げをつかう予定なんです」
「なんと!ほ、本当ですか!」
「ええ。忙しくなければなのですが…」
「はい!大丈夫です、それに油揚げと主さまの手料理となっては見て見ぬふりはできません!」
「ふふ、ありがとうございます。私たちは厨で準備しているので、ゆっくりしていてください」
「いたみいります」
「では、行きましょうかお供さん」
「はい!」


個性豊かな狐達に囲まれて喋るさまははたからみればさぞかし奇妙に写るだろうが、中心にいる私としてはとても楽しいし、癒される。
五虎退の虎達とはまたちがって、こちらはコミュニケーションが取りやすくて、ついつい友達のように喋ってしまう。
それでも相手は仕事仲間や、神様。気を付けなければと己を律する。

厨につくと油揚げの香りが仄かに漂っており、鳴狐本人もいた。油抜きを頼んでおいたのだがきちんと終わったようで、その出来上がったものを後ろに手を組み、じっと見つめていた。
そのクールでミステリアスな雰囲気とは裏腹に、子供のように興味津々で見ている姿は、所謂ギャップ萌えというやつだろうか。
ニヤけそうになるのを抑えつつ「鳴狐、ありがとうございます」と声をかける。

彼はこちらを向いて首をたてにふる。すかさず鳴狐の言葉を代弁するが如くお供が喋り始める。

「いやはや、わたくしめも鳴狐も油揚げが好物ゆえ、このままでも十分美味しそうで困ってしまいまするな」
「二人とも意外と食いしん坊ですもんね。大丈夫ですよ、これから作るのは簡単なのですぐ食べられますから」
「それを聞くと余計にワクワク致します!ささ、早速作っていきましょうぞ」

作業台の前に立つと鳴狐もお供も隣にやってきて、私の手元をじっとみていた。

「お供さんもこんのすけも一様狐なので、本来だったらネギを混ぜるんですけど、今回は代わりに大葉を混ぜますね」
「あるじどののご配慮誠にありがたや」
「気にしないでください、どちらを使ってもすごく美味しいですから!」
「さて…じゃあ鳴狐、大葉を切ってもらっていいですか?微塵切りまでいかなくていいので、 ざく切り程度に。私は他の準備をしますので」
「わかった」
「さぁさぁ、鳴狐!頑張って参りましょう」

その賑やかさにふふと笑いつつ、他の準備を整える。
納豆、調味料と、フライパン、あとはお味噌汁も温めておいて…。ああと、大事なパスタも二本くらい。

「できましたぞ!!」
「はい、ありがとうございます。そしたら納豆と大葉を混ぜて…。次に先ほど準備してもらっていた油揚げを半分に切ります。それでは、ここから同じようにやってみてください。
油揚げを破かないようこの真ん中に指をいれて…よっ、開きます。そこにこの混ぜた具を詰めて、この短めに折った乾麺で封をします」

まじまじみる一人と一匹の顔。先程と同じように心を落ち着かせ、せっせと残りも詰めていく。
ちょっと破けたり、具を詰めすぎてパンパンになったり、そんな一つ一つ違う形を見ているだけで楽しい。

全部終わればあとは焼くだけ。
焼いている間にご飯やお味噌汁を盛ってもらう。お供さんにはこんのすけを呼びに行ってもらった。
こんがり焼けた揚げ納豆たち、仕上げに醤油を回しかけ、ジュワぁという音と香ばしい臭いが厨に広がる。

「よし、完璧」

お皿に取り出し付け合わせの葉物を飾って食卓へ。


―――


「「いただきます」」
「いただきますぅ!」
「…いただきます」


元気良く響くいただきますが終わり、お供とこんのすけにそれぞれ揚げ納豆をよそう。
ありがとうございますと各々感謝もそこそこに、直ぐにそれにかぶりついていた。
ふふ、食卓に並べたときから涎が出ていたのを私は知っている。

前をみれば鳴狐もちょうど口にするところだった。
サクサクの油揚げの中には、ふっくらした納豆と味を締めてくれる大葉。
二匹が美味しい美味しいという声を拾いながら、黙々とたべる彼の言葉を待っていると、ふと笑みがこぼれ小さな声だが「おいし」という言葉が聞き取れた。

その言葉が聞けただけで大満足。私も目の前の料理に手を付けた。

「主さま、おかわりをしてもよろしいですか…?」
「ええ、勿論」
申し訳なさそうに頼み込むこんのすけが可愛くてお皿に二個追加する。それをみたお供も「鳴狐!わたくしめにも、もっとよそってもらいとうございます!」とせがんでいた。
好評なようで何よりだ。

「多めに作っておいて正解でしたね」
「うん……、よかった」

沢山あったはずの揚げ納豆は綺麗になくなり、皆満足げにお腹をさすっていた。調子にのって食べすぎてしまったな。しかしこの苦しさがちょっと幸せで、

「「「ごちそうさまでした」」」
「ごちそうさま」


20220831




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