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※予期せずシリアス方向に進んでしまいました


あの日の一件以来、私は本腰をいれて自分の身を守ることに集中した。
あまり携帯しないようにしていたスタンガンをできる限りポケットに忍ばせるようにし、学校の行き帰りもなるべく友達や部活仲間を誘い一緒に帰るようにした。

そんな努力も虚しく、サッカー部が決勝を控える二日前になっても特に何か起きる気配はなかった。
鬼道や土門の気にしすぎだったのかなぁ。なんて思いながら今日も練習に勤しんでいた。

雲一つない快晴。監督の打ったフライは綺麗な弧を描いてセンター方向へ飛んでいった。今日くらい綺麗な空ならボールも取りやすいだろう。

周りの掛け声が響く中センターについている石田先輩は余裕たっぷりに落下点に移動し捕球のタイミングを伺う。あれなら大丈夫だなと、次の球を監督に投げる準備をしたその時、私は何故か野球部の部室の前にいた。

何が起こったのか、何でこんなとこにいるのか、全く理解がおいつかず動けずにいると「君が苗字名前さんだね?」と後ろから声をかけられる。
振り返るとそこにいたのは性別が判断できない綺麗な人。私と同い年くらいに見えるが、その美貌故、成人まではいかないものの年齢も今一判断しにくい。
訳も分からない状況に更に謎の人物が現れたことによって、もう私の頭はショート寸前だ。

「ふふ、驚きすぎて言葉にもできないんだね。大丈夫、悪いようにはしないさ」

そういって宙をさ迷っていた私の手を取り微笑むと、いきなり反対の手を顔面付近まで近付け何かをかけられた。
思わず目を閉じ口にも少しはいったそれを必死に吐き出そうと咳き込む。
しかし、その努力も虚しく私の意識はどんどん細くなっていく。

まさかこの子が影山の関係の?
薄れゆく意識の中で最後に聞いた言葉は「おやすみ」という優しい声だった。


―――


目を覚ましたときにはまた違う場所にいた。
今度は全く知らない場所。医務室?だと思われるが、雷門の保健室とは全く作りが違うし、ましてや雷門病院の病室とも違う。
いったいここは?
前後の記憶がはっきりしないものの、私は影山というおじさんの計画に巻き込まれたんだなということは薄々気づいていた。

私はこれからどうすればいいんだろう。いや、どうされるんだろう。
私の能力を必要としていると鬼道はいった。だから命に関わることはされないと思いたいが、それでもなにか犯罪に関わるようなことに加担させられたら…。
大好きな野球を続けることはおろか、普通に生活するのもままならないかもしれない。(世間体的に)
怖い。当たり前だが練習中にこんなことが起きたので、携帯も勿論持っていないしスタンガンもベンチの近くの鞄に入ったままだ。
ただ着用していたユニフォームは、いつの間にか白いTシャットスラックスにかわっており、寝ている間に誰かに着替えさせられたようだった。

どうしよう。自然と自分の呼吸が早くなってることに気づく。だめだ、取り乱したら過呼吸になる。落ち着け、大丈夫。そう自分に言い聞かせ、必死に深い呼吸をすることに集中する。

何とか落ち着いてきたところで、ドアはガチャリと鍵の開く音が響き、サングラスをかけ防護服のような、手術服ともとれるような格好の男が入ってきた。
「苗字名前、起きたようですね。体調に問題はありませんか」
機械的な質問に少し押し黙るも「はい」と小さく答える。
「では移動します。総帥がお待ちです」
男はそういい、私が来るのを微塵も動かずに待っている。総帥というのがきっと影山のことなのだろう。
一度大きく深呼吸し、私はベットの上から降り男の元へと足を進めた。

部屋をでて驚いたのは通路を見ただけでかなりの近代的な建物だなということ。それに凄く広い。逃げるって選択も考えてないわけではないが、これは地図がなくてもあっても正確に進むのは難しい気がする。
とりあえず今は自分の身の安全だけを考えて行動しなきゃ。何時ものように両手で自分の頬を叩き気合いをいれる。
先導してくれている男も流石に驚いたのか、こちらを振り返り何が起きたか確認するも、緊急のことではないと判断したのかまた歩みを進めた。

―――

一際大きな扉を通されるとそこには大きなモニターといくつもの立体モニター、そしてその中心に座る影山と思しき人物がいた。

「待っていたよ苗字名前」
「……」
「聞いてはいると思うが私は影山零治。君をここにつれてくるよう命じた」
「…私に、何をしろと」

影山と私の間には距離があるし、部屋自体も暗いため表情などは読み取ることはできないが、クツクツと笑っている声が漏れているのがわかる。

「素直な子は嫌いじゃない。君には私のチーム、世宇子のメンバーのデータを取ってほしい。勿論君の観点から見たもので構わない」
「分かりました、命に関わることじゃなければ大人しくしてます。
でも!一つだけ聞かせてください」
「なんだね」
「私は自分のこの分析力が、そこまで凄いものとも、魅力的なものだとも思っていません……。それに貴方はそれなりの権力者とも聞いてます。だから最先端の設備とか優秀な人材を集めれば、私なんて要らないほどにデータは取れると思います。それを差し置いて、何で…私なんですか」

鬼道に以前これが解答だと、皆の同調もあって勿論納得はした。
けれどそれは予測であり、こうして本人が目の前にいるのであれば、聞いてみたとしてバチは当たらないはず。
いや、こんなことを思っている時点であの解答のことも半信半疑だったのだろう。私はその答えをどうしても本人の口から聞きたかった。
少し間を置いたあと、影山はゆっくりと話し始めた。

「君は、最先端の設備に、優秀な人材…といったね。まさにその通り!君がその優秀な人材の一人なんだよ」
「いや、そんなわけ!」
「そんなわけがあるんだよ。君自身はその当たり前の事を当たり前の事として受け入れているが、それは“当たり前ではない”ということを自覚した方がいい」
「っ!」
「勿論君のように分析できる人間はごまんといるだろう」
「っ、じゃあ!」
「しかし、君のその真価は速さにある」

その言葉の力強さに思わず一歩後ずさってしまった。

「いいかね。君は速すぎるんだよ、その分析の仕方が。ごまんといる優秀な人間が、一人の人間全ての分析を終えるのにいったい何日費やすと思う?
仮にその時間を一ヶ月要するとしよう。ところが、君はそれをわずか三日で終えてしまう」
「ま、まさか…そんな馬鹿なこと」
「いや、出来る。生憎、私は人を見る目にはそれなりの自信があるのでね。今は出来なかったとしても、君ならそれくらいの速さで出来てしまうという確信がある。いわばダイヤモンドの原石なんだよ、君は」

そんなこと、あるわけないじゃないか。
私は確かに漫画でよくある“転生”をした身だ。勿論神様にだって会った。
ところがどうだ?転生ついでのオプションなんてそんなものはなかったし、仮に後からそれが付属されてたとしても、この分析力は前世からあって、どんどんどんどん自分で養っていったものだ。
一般的な人間の持ってる能力がそんな祭り上げられるほどのものだと?

「まぁいい。君がどんなに説得して、それを信じないにしても、周りはそれを称え上げるだけだ。いい加減己の力を理解し、受け入れた方がいい。いつまでも認めないその姿は、滑稽だぞ」
「…っ」

五月蝿い。
五月蝿い。
五月蝿い。

ニタニタと笑う影山に目を向けることが出来ず、どこにぶつけていいか分からないその感情をひたすら自分の手を握ってやり込めた。
血が出たかもしれないけど、そんなのどうだっていい。ここで感情のままに暴れて、命に関わるようなことになれば、後悔のまま私は終わってしまう。
そんなのだけは絶対に嫌だ。前世でもおんなじ経験をして、今世でもそんなこと。
それだけは絶対にだめという唯一の理性を保ちながら、私は先程の男の先導で影山の部屋を後にした。


―――


案内されたのはかなり広いグラウンド。
既に練習は始まっており、選手達の他に先導してくれた男と同じような人達がちらほらいた。

そして先導してくれた男はこっちだと手招きし、グラウンド全体がよく見えるベンチへと座るよう催促する。

「ここに記録のためのファイルがある。これより一時間、フォワードの選手の分析をここに記録してくれ。一時間後また指示を出す」
「あの、フォワードの選手って誰ですか」
「ここに選手の基本データはまとめてある。目を通しておけ」

そういい、彼は別の場所へと移動し仕事を始めた。もう少し丁寧に教えてくれてもいいのにと少し苛立ちを感じながら、その基本データのファイルに手を伸ばす。
「あ」
一番最初に乗っていた人物が、私をここにつれてきたあの子だった。
「アフロディ…」
男の子だったのか。ファイルから目を離し、グラウンドの上で走り回っている実物を見る。
さらさらと流れる髪はそれは優雅で、綺麗で、体格がいいわけでもないのに、その体から繰り出されるシュートは破壊的な威力だった。

「えっとフォワード…」
思わず見とれてしまったが、やることはしっかりやって自分の身を守ろう。
デメテルに、ヘラ。皆神様の名前がついているが、本名なのかただのコードネーム的なものなのか。覚えやすいに越したことはないからどうでもいいが。

確認を終えたところで本物の彼らに目を写し、思ったことをひたすらに紙にまとめていった。
一時間たてば次はミッドフィルダー、そしてその次はディフェンダーにゴールキーパー。

次々に指示を出され気付けば早四時間。ずっと室内にいるため今が何時なのかもよくわからない。
それに連れ去られたとき、何時間寝ていたかもわからないから、そこから計算していくことも出来ない。
緊張のためかお腹もすかない。それなのに私より前から練習している彼らは何でこんなにも動き続けることが出来るんだろうか、汗一つかかずに。


20220824


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