3A

次の日の放課後、いつも通り部活にでているが、昨日約束したはずの鬼道がいつまでたっても呼びに来ない。
まさかすっぽかされた?それともなにかトラブルがあった?やっぱり時間指定にしとけばこんなに悩まなくてもすんだのにと後悔するばかり。

先程ノッカーを勤めていたら思いっきりすかしてしまった。あまりの恥ずかしさに逃げ出してしまいたかったが、周りは逆に体調が悪いのではと凄く心配された。監督にまでだ。
流石にその後はいつも通りに打てたのだが、部活の終盤に差し掛かるまで彼は一向に姿を見せないのだった。


現れたのは部活終了三十分前。
事前に監督には話を通しておいたので、このまま上がっていいぞと声をかけられ、荷物をもちサッカー部のグラウンドへと向かった。

「すまないな、遅くなって」
「まさか終盤に呼ばれるとは思ってなかった」
「練習できりのいいところがなくてな」
「熱中して忘れてたのね」
「そういう苗字はあまり熱中できなかったようだが?」
「…そうです」

なんて軽口を叩きながらグラウンドにつくと、人数を分けて模擬戦のような形で練習をしていた。

ベンチ近くまで行くと、マネージャーの木野ちゃんが「あれ、苗字さん?」と声をかけてくる。
「お疲れ、ちょっとこの人に頼まれごと」
「頼まれごと…」
木野ちゃんを始め雷門さんと、一年マネージャーの子も首をかしげている。
私も今半分くらいはそういう気持ちである。

「で?何を見たらいいの?」
「そうだな…見たら分かるが今は模擬戦に近いことをしている。分かる範囲でいい。この紙に皆の秀でてるところ、それと弱いところ、足りてないところを書いてくれないか」
「皆の分?」
「ああ、出来る範囲でいい」
「……わかった」

「頼んだぞ」といって鬼道はグラウンドの中へ戻っていた。
サッカーなんて野球とは違うんだから的はずれなことだらけになるだろうに…と思いつつ、ホイッスルがなった瞬間グラウンドの隅から隅へ目を動かす。
あー、名前わからない人もいるんだよなぁ、と思いつつ適当に思ったことを書きなぐる。
こんなので本当に私の疑問は解消されるのだろうか。
それから二十分。手を休める暇はなかった。


―――

模擬戦が終わりそれぞれストレッチを始めるなか鬼道、円堂、豪炎寺が此方に戻ってきた。

「できたか?」
そういう鬼道に「こんなので本当にわかるの?」と嫌味をいいつつバインダーを渡す。
書かれた紙にさっと目を通していく鬼道。その表情は何も変わらないが、代わりに後ろから覗く二人の顔が変化していく。驚いたり困惑したり、あまりいい表情とはいえないが。

最後の一枚をさっと見た瞬間鬼道はニヤリと笑い「完全に証明された」といった。
首をかしげていると、円堂が興奮気味に「苗字やっぱりすげーよ!!」と大声を出す。その声に皆が此方に注目する。

「え、いや、なに?!」

マネジャー達もそのバインダーをチラ見て驚きの声を上げる。
鬼道がバインダーの一部をポツポツ読み始めた。

「円堂、ボールを取るための力は十分だが、体の柔軟さがいまいち、それ故瞬発力があっても遠くまで届かないように見える
豪炎寺、フィジカルはいうことなし。しかし時折集中力に欠ける
土門、長身で手足が長い割にはその長所をなかなか活かせてない。細かい動きかたは申し分ないが、もう少し体を有効に使うべきに見える」
染岡、足腰の安定感がいい。行動が粗雑な部分もしばしば。円堂同様柔軟性がほしいとこ。やっぱり染岡には野球部にはいってもらって、ファーストを守ってもらえるよう指導したい……。
おい、落書きをするな。」

真剣な顔つきだった鬼道の表情もその一行を見て呆れた顔つきになる。
染岡は一年の時同じクラスだったんだが、野球部の勧誘を断られてしまった過去がある。本当に染岡は野球部に入ってぜひともファースト、そしてクリーンナップを任せたかった、そうなるように指導していきたかった。

「とまあ、これが証拠だな」
「…見たままを書いただけなんだけど」
「え、あの時間だけでこんなに俺たちのデータ書いたのか?!」
と円堂が横槍をだしてくる。周りの皆はそれに同調していた。

「な、なに?!これって普通でしょ?それにそう見えるってだけで全然核心的ではないし、サッカーの体の使い方なんて知らないから、的はずれもいいとこでしょ?!」
「そんなことない」

ここでまさかの豪炎寺が入ってきた。

「的はずれなんてもんじゃない。的を射すぎている。それに二十分。こんな短時間で一つ一つは短いにしても全員分きちんと記されている」
「……」
「お前はそんなことはないと信じないと思うが、これが事実だ苗字。この短時間でそれなりの正確な分析ができてしまう。だから影山はお前を欲しがっている」
「え?影山?!」
「?!」

影山という言葉にマネージャーも円堂も豪炎寺も驚きを隠せずにいた。

「今影山って…」

どうやら後ろには既にストレッチを終えた他の部員達が集まっていたみたいで、先程から聞いていたのだろう、同じように驚いていた。土門だけはその事を知っていたため心配そうな顔でこちらを見ていた。

「まだ、信じられないか?」
「……皆にこれだけ驚かれるなら信じようが信じまいが、そうなんだなって思わされるよ」

本当にそう。私自身は普通のこと、なんだったら間違ってるとさえ思っているが周りがこれだけ同じ反応を示すんだ。それが真実になるんだろう。
はぁと、大きなため息をつきベンチに座り直す。

「皆着替えてきなよ、汗かいたんだから体冷やすよ…」
「でも」
「逃げないでここに残るから」

心配そうな顔をしてサッカー部の皆は部室の方へ向かっていった。残ったのは私とマネージャーの三人。

「私、苗字さんってただ野球が好きな人だと思ってたんだけど、そうじゃなかったんだね」

木野ちゃんが周りの道具を片付けながら話しかけてくる。

「そうじゃないって?」
「野球も勿論好きなんだろうけど、何て言えばいいのかな、勉強するのが好き?」
「…うん?」
「うまく言葉にできないんだけど、野球のためっていうのが根源にはなっていて、そのために、どんな情報でも吸収しようとしてるんじゃないかな?」

どんな情報も

「きっと無意識だと思うけど、色んなとこで、色んなことを情報として吸収して、それを野球でどう活かせるか考える。だから、サッカーのこと何も知らないっていても、たまたま目にしたサッカーの動きとかも勝手に吸収して、自然とこうした方が良くなるんじゃないかとか、勝手に頭のなかで考えちゃうんじゃないのかな?その知識がないって自分で思っているだけで。」
「……そんなこと考えたこともなかった」

その言葉に、詰まっていた何かがストンと降りた気がした。

「苗字先輩!」
「うわっ」
「私、音無春奈ともうします!先輩の分析力に凄く感動しちゃいました!なにかコツとかないんですか!?」
「え、ええ。分かんないよ。私もこんなの今知ったし」
「ふふ、駄目よ音無さん。苗字さん今混乱してるから、また今度お話ししよう?」
「うー、はい。そのときはぜひご教授お願いしますね!」
「……はい」
「そんなことより苗字さん、貴女影山に狙われているらしいけれど、大丈夫なの?」

その雷門さんの言葉に木野ちゃんも音無さんも不安そうな表情になる。

「んー、なんとも。とりあえずまだ何も起きてないし、私も鬼道と土門に忠告されただけで、全然実感わかなくて」
「……私たちは、影山からの妨害をこれまで何度も受けてきたわ、バス事故を起こされそうになったり、試合中に鉄骨をおとされたり」
「は?」
「だから、実感がわかなかったとしても、それだけのことをしてくる男だということは覚えておいて」
「そうです!注意しすぎるくらいでも足りないですよ」

なんだって?それって、嫌がらせレベルなんてものではない。下手したら死んでも…。
背筋がゾッとした。
初めて私はとんでもない人に狙われているんだと気づいた。

「苗字さん」
木野ちゃんが私の手をつかむ。よく見ると小刻みに震えていた。あぁ、私は今、怖いんだ。

「ありがとう木野ちゃん、大丈夫」
「大丈夫じゃないでしょ?!」
「どうした?!」

後ろを振り替えるとジャージや制服に着替えた円堂達が心配そうに見ていた。
「……雷門さん達に影山のこと聞いて、ちょつと、ほんとにちょっと!怖くなっただけ」
ははと、無理に笑ってみるも、皆の不安そうな表情は変わらない。
怖いのも本当だが、試合が近い彼らに不安に思わせるのも申し訳なかった。

「私、帰るね」
「あ、苗字さん!」
「今日はありがと!本当に大丈夫、気を付けるから!!」

暗い空気にいたたまれなくなり、木野ちゃんの手を振り切って校門へと走った。
「待て苗字!」なんて声が聞こえるも誰の声か判別できないほどには、この場から去ることだけに集中していた。

大丈夫。鬼道からもらったスタンガンだってあるし、警察の人も事情を知っている(らしい)
大丈夫。私は大丈夫……。

校門をでて息を整えたとこで、追ってきてないことを確認し自分の家へ足を進めた。が

「捕まえたっ!」
「!?」

後ろから腕をつかまれ振り返ると、息を切らした土門がいた。

「ちょ、離して!」
「いや、あんな不安そうな顔して一人で帰らせるのは駄目だろ。見てるこっちが不安になる」
「でも」

そんなこんなしているうちにぞろぞろと他のメンバーも集まってきていた。
サッカー部のあまりの人の良さに大きなため息しかはけなかった。

結局、土門に木野ちゃん、転校生の一之瀬、あと帰り道が同じらしい風丸と一緒に帰ることになった。

「へー、三人は幼馴染みなんだ。しかも皆帰国子女」
「そうなんだ。向こうでも三人でよくサッカーしててさ」
「俺たちの他にももう一人いるんだけど、日本のどこにいるかまでは分かんないだよね」
「ふふ、またこうして皆で会えるなんて思ってなかったもんね」

皆は私がなにも考えないようにと配慮してくれてるのか、沈黙の時間がない程に色んなことを話してくれた。
仲睦まじく笑う三人の間には絶対に深くまでは入り込めない空気があって、それがちょっと羨ましかった。
こっちにきてから野球一筋で、そりゃあ野球部のメンバーとはかなり固い絆があるとは自覚しているけど、こうやって心を許せる友達はいないなと寂しくなる。
そんな気持ちを見せないように隣にいた風丸にウザ絡みを始める。

「幼馴染みのいちゃいちゃ見せつけてきて…惚気かよ。いいよ、私は風丸といちゃいちゃするから」
「え?!」

そういい、風丸の肩を組み三人に見せつける。

「ほら、風丸も肩組んで見せつけてやろ」
「あ、ああ」

組まれて肩に置かれた手はぎこちなく、どこに置けばいいのかとモゾモゾしている。
横目で彼の顔を見ると、女子とこういう風にはあまり接しないのか赤くなっていた。初心なやつめ。
残念ながら私の好みは“黒髪でクールな高身長右の本格派ピッチャー”
風丸は掠りもしないほどの対象外なので何とも思わない。

「へー…、じゃ俺たちも」
「きゃ」
「わっ」

それに対抗して今度は土門が木野ちゃんと一之瀬の肩を抱き寄せる。しかし流石のアメリカ帰り勢というべきか、一切の照れはなく、何なら三人ともよりぎゅっと身を寄せあっていた。
ちょっと悔しい。

「へへ、俺達の勝ち」
「っ〜〜!風丸!!」
「すまん、苗字。これ以上は…」
「恥ずかしい」と今にも消え入りそうな声でいうもんだから仕方なく腕をはずした。

影山のことなんか頭から消えるくらいには楽しく帰らせてもらい、皆の気遣いに感謝した。
今日はよく眠れそう。

一人幸せな感情に浸る中、その後の四人はサッカー部の一年から円堂達が喧嘩をしているという連絡を受けとり、現場に駆けつけ、思わぬ再開を果たしたことは知るよしもなかった。


20220823

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