3

鬼道にスタンガンを渡され気を付けろといわれてから数日。特に何が起こるわけでもなく今日も今日とて部活に精を出していた。
平和すぎてあの一件がやっぱり幻だったんじゃないかと常々思うのだが、校内で鬼道をちょくちょく見かけるたびにあれは現実だったんだよなと思い知らされる。彼自身見た目が強烈すぎるから嫌でも現実だとわからされる。

そして同じくそれ以来、何故か土門にも毎日安否確認をされる。
一度しつこすぎて「なんでそんなに心配するの?!」と聞いたことがあるのだが、なんでも彼は元々帝国学園の生徒だったらしい。初耳だ。
そして彼はスパイとしてうちのサッカー部に入部し、色々あったけど雷門の一員としてやっていく決心がつき和解したらしい。
私に以前引き抜きをかけたのもそのスパイの一環で、影山というおじさんの策略の一つだったとか。

「だから許してくれとはいわないけど苗字にもしものことがあったら、それに関わってた身としては寝覚めが悪いだろ?」
なんていつもの飄々とした顔に似合わない表情で言っていた。
彼にもそれなりの気概があるんだなと理解し、少しだけだが見る目も変わったのは内緒だ。

そんなこんながあったからこそ、余計にこの平和すぎる日々に対しての“狙われている”という言葉が信じられないのだ。

考えても考えてもなくならないこのモヤモヤを払うように私は連日がむしゃらに練習をした。

流石に今日はやりすぎた。お腹も練習の途中からずっとグーグーなっており、これはまた買い食いをしなければ収まらないだろう。今日は何を食べようか。
最近はコンビニばかりにいって小腹を満たしていたが、今回はドカッと食べたい気分。
泥々の体と働かなくなってきた頭で商店街を物色していると、目についたのはラーメンという文字。
ラーメン。それはどんな人間をも魅了する食べ物。特に部活なんてしている中高生なんてこれ与ときゃまちがいなという絶対に外れない食べ物。
空っぽの頭は瞬く間にラーメンに侵食され、考えるまもなく私はその店のドアを開けた。

そして閉めた。

しかし直ぐにすごい勢いでそれは開けられた。
「苗字!!お前もくってけよ!」
「はは、……うん」
目の前には満面の笑みで出迎えてくれる円堂守がいた。


―――

「味噌で、麺硬めでお願いします」
「あいよ」

何故か隣にいる円堂は、注文を終えた瞬間待ってましたとばかりに話し始めた。
「いやー、まさかこんなとこで苗字に会えるなんて嬉しいぜ!部活帰りか?苗字ってマネージャーだと思ってたけど選手として活動してたんだな、すげーよ!!」
「円堂、喋る前にまず食べないと伸びるよ」

あ、そうだったとラーメンを一口すすってこちらを見る。というかここに来ている他のサッカー部の面子もこちらを見ている。
なんだなんだ、何がそんなに気になるんだ。
それを代表してか後ろの四人がけの席にいた松野が「皆苗字がマネージャー兼選手だってこと知らなかったから驚いてるんだよ」と教えてくれる。
「あー…、まぁ別に聞かれたら答えるくらいだったし、今ユニフォーム姿だからこんなに注目されてたのか」
「そ」
松野は軽く返事をして余っている餃子に手をつけた。すかさず円堂の隣にいる風丸も質問してくる。

「苗字も試合とかでてるのか?」
「んーん。女子は規約で出れないから、その時はマネージャーとしてベンチ」
「ええー!!それってつまんなくねーか!?」
「円堂ちゃんと飲み込んでからしゃべろよ」
わざわざ席から立ち上がり驚く円堂とそれをとめる風丸。やろめやめろ汁が飛ぶ。
体をのけぞらせると隣のいた髪をワックスであげてる人にぶつかる。
「あっと、ごめん」
「いや、大丈夫だ」
「えっと、名前何て言うの」
「豪炎寺だ」
「豪炎寺ね、よろしく」
「あぁ」

そんな悠長なことをしていると「なーなー試合でれねーの嫌じゃねーの」と円堂が肩をつかみ揺らしてくる。
「もー!なんなの今日は!!もうちょっと落ち着きなさいよ!嫌に決まってるでしょ。でもいいの、練習試合とかでは相手校が許してくれれば出れるときもあるし」
「そっか、全く出れないのかと思ってたけどそうじゃないならよかったな!」
何事もなかったようにニシシと笑うその顔ったら、本当に嫌味がなくてこっちだけが調子を崩される。
はぁ、とため息をつき真正面を向くとまた円堂がいらんことをし始める。

「そういや知らないやつも多いよな。こいつ苗字、苗字名前。雷門中の野球部ですっげー野球馬鹿なんだ」
「あんたに野球馬鹿とか言われたくない!」
「いや、野球馬鹿でしょ」
横から茶々いれてくる土門に睨みをきかせると「おーこわ」とかいって身を屈める。ほんっとに調子がいいんだから。
そしてサッカー部の面子は素直な子が多いようで、「よろしくお願いしまっすっスー」「よろしく」「よろしくお願いするでやんス」などなど沢山の挨拶が飛んでくる。流石に無視するわけにも行かず適当に「よろしく」とだけ手を上げた。

そんなこんなでラーメンができてきて、あまりのうるささに忘れていた空腹もよみがえってきた。

ぐーー…

思わず大きなお腹の音がなってしまうくらいには。


「…………」
「……」
「……」

誰か喋れよ。いたたまれない気持ちになりながら、小さな声で「いただきます」というのが精一杯だった。
その瞬間皆、ましてや店主のおじさんまで笑い始める。は、恥ずかしい。顔を真っ赤にしながら麺を啜ると「そんなに腹減ってたんだな!くえくえ!」と肩を叩く円堂に少しイラっとしたのは言うまでもない。

「嬢ちゃんそんなに腹減ってるなら、ほれ」
とおじさんが目の前のカウンターに餃子を一皿置く。
「サービスしてやる。沢山食え」
といい顔で笑っていた。申し訳なく思いつつも、内心ラッキーと思いながらお礼をいう。

「てゆうかサッカー部ほぼ皆?で来てるんだね」
「ああ、今度の試合の話し合いでさ」
「ふーん」
「俺たちの新しい監督この人なんだ」
「ふーん……ん?!監督?!」

自分で話しかけといて失礼な話だが、話し半分で円堂の返事をきいていたらまさかの事実に驚いてしまう。カウンターの中にいるおじさんに目を向けていると「サッカー部の監督をさせてもらっている響だ、よろしく」と挨拶してくれる。
「ど、どうも、こちらこそよろしくお願いします」
慌てて会釈をし、話を続ける。
「じゃあ冬海のかわりがこの人だったの」
「そう、しかも響監督すげーんだぜ!元イナズマイレブンの一人なんだ」
隣の風丸がすかさず「イナズマイレブンっていうのは、40年前無敗を貫いてた伝説って呼ばれたサッカーチームのことなんだ」
「へ、へー…サッカー部凄い人に見てもらえて、いいね……」
「へへ、まぁな!」

ここでもサッカー部の運のよさに驚いてしまう。

いや、何となくは気づきつつあったけど、この世界はきっとサッカー中心の世界なんだろう。
よりによって憧れの野球作品ではなくサッカーだなんて。
ちょっとがっかりはするけど、でもそれはそれこれはこれ。私が野球を好きなことには変わりないし、当初の目標の数々だって諦めてる訳じゃない。これからどうするかは私次第なんだ。

餃子を一口頬張り「で、次の試合も順調に勝てそうなの?」と聞くと「もっちろん!」と元気よく返事が返ってくる。
「どんな相手にだって死に物狂いでぶつかれば、勝てない相手はいないしさ!」
論理的にはナンセンスな回答だが、個人的には嫌いじゃない。たぶん円堂と似てるっていわれるのはこういうとこなんだろう。

「そっか…まぁ円堂がそういうんならそうなんだろうね」
「おう!野球部も勝ち進んでるんだろ?お互い頑張ろうな!」
「うん」

向けられた拳に、同じように拳をつきだしタッチする。
頑張れサッカー部。


―――


何故かその後、鬼道が送ると声をかてきて断ったものの「例のことについてだ」といわれ大人しく帰路を共にした。

「その後変わったことはないか?」
「うん。あれから本当に何もなくてさ、鬼道に気を付けろって言われたのは夢だったのかなって思うくらいだったよ」
「ふっ、そうか。だが、夢じゃない。影山という男は狡猾で、計算高くて、常にその時を狙っている。フットボールフロンティアも次で準決勝だ。危険は日に日に強くなってると思っていてくれ」
「…うん。警戒は、まぁ、できる範囲でしとくけど……」

ってところで言葉が途切れてしまう。考えがうまくまとまって言葉にでてくれないのだ。「ちょっとまって、言葉を整理しながら喋るから」というと素直に「ああ」とゆっくり歩きながら、私の言葉を待ってくれる。

「私はさ、野球の為と思って色んなことを吸収してきたんだよね」
「ああ」
「勿論基本的な体作りとか、最新のトレーニング方法とか、体のケアのしかたも、どれも野球中心に学んできたことだからサッカーとは体の動かしかた、必要な筋肉、ケアの仕方まで全く違うでしょ?…その、応用が効くのかもしれないけど、それでもサッカーのために引き抜こうとしてるってのがいまいちピンと来ないんだよね…」
「……」

しばしの沈黙の後、鬼道は歩みをとめて私の前に立つ。

「明日、サッカー部にこれないか?」
「……は?」
「少しの間だけでいい。何故影山がお前を必要としているのか、実際に経験してもらった方が早いからな」
「え、サッカーをしろってこと?」
「いや、見てほしいんだ」
「いってる意味がよくわからないけど」
「来て、練習を見て、思ったことを言ってくれればいい」
「それだけ?」
「ああ。それだけでその疑問も解決できる」
「……何時くらいに行けばいい?」
「俺がその時になったらそちらに出向こう。いつでも抜けれるように準備だけしていてくれ」
「わかった。それで私の疑問が解決するならいいよ。正直それのせいで集中力落ちてたし、丁度いい」

明日、このモヤモヤした気持ちともおさらばできる。
その日の夜はいつもより早めに眠りについた。





[ 51/80 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -