4、左文字家講評会

四人がいるのは左文字家長男、江雪の仕事部屋。作業用机に椅子、その上にはパソコンと筆記用具
。サイドテーブルには山積みになった本と原稿用紙で埋め尽くされている。
部屋全体はそれなりに広いが四方の壁は本棚で埋め尽くされており、本棚自体ももう何処にも新しいものを入れられないほどにみちみちになっている。
そして中央には大きなローテーブルとそれに合わせたローソファ。四人はそのソファに座り、その目の前には分厚い原稿用紙がそれぞれ配られていた

「では…今回も、よろしくお願いします」
「「はい」」
「…へーい」

左文字家お馴染み担当編集に見せるための事前の講評会。そして何故か私も毎度のこと召集という名の拉致をされる。
なんでこんなことしてるかというと、この左文字家の長男の江雪くんは極度の引きこもりなのである。何がいいたいのかというと、引きこもりがゆえ出来るだけ外界の人との接触を避けるため、担当編集さんとの打ち合わせを極力減らしたい。よってクオリティの高い原稿に仕上げ、会う機会を減らすために毎度こうして身内と幼馴染みの私を利用してこんなことをしているのだ。迷惑にもほどがある。

パソコンのデータの受け渡しとスカイプでの会話でいいんじゃないのといったら本人もその提案をしたのたが、生存確認のためにこうして定期的に会っているんですと担当編集さんに怒られたらしい。
これを聞いたときは流石に笑いをこらえきれず本人の目の前なのに爆笑してしまった。直ぐに宗三によって半殺しにされたのだが。

てなわけで毎度毎度こうして手伝わされる私は付き合うだけ大分偉いと思う。まぁでも これのお陰で国語の成績がいいのは否めないので、文句もいいつつ大人しく達筆すぎる文字に目をとおした。
今回のジャンルは青春小説。引きこもりが青春て、と口にだしたら絶対一週間ぐらい宗三からのお怒りが物理的に向けられるので死んでも口にはしないが、やつはこれでも何作品かそういうジャンルに手を出しているし無難に面白いので今回もそれなりに期待している。

江雪くんは良くいえば控えめな人であまり争い事も好んでいないため恋愛と青春をモチーフにした作品が多い。個人的には推理小説なんかも好きなので書かないのと聞いたことがあるが、推理小説ではなにかしら事件を起こさないと話が成り立たないのでそれは私の望むところではありませんとかなんとか。
そりゃあ人が死なない推理小説なんてあっても大分希な部類だし、次々と起こっていく殺人、不可解な事件、それを読者も紐解きながら読むのが醍醐味なのだから江雪くん向きではない。

導入の退屈でまだその文章に馴染めない部分を、出されている苦味の強いお茶をすすりながら必死に目を通す。小説で一番退屈なのが最初の導入の部分。まだどんな内容なのか、どういう人物たちがどういう風に過ごしているのかを理解できないこの部分さえ理解してしまえばあとはみるみるうちにページを進めていけるのだが、生憎何冊小説を読んだところでそれは慣れるものじゃなかった。
それに江雪くんの小説って何故か所々古風で余計に受け入れがたい。例えであげると名前。
現代日本においてなかなかに馴染みのない古風な名前をあげてくるから誰こいつと途中で人物を見失うことがある。逆に彼の熱心な読者からすればそれが面白いとかなんとか。
最初のこの会が開かれたときなんて、「なんで学年一、二を争う美女の名前が珠世なの!?」「いや、この同僚の優しい大人しい人の名前が銀次郎てどういうこと?!」などなど。しわしわネームにも程があるし、お前は何十年前からの引きこもりだよと。
ちなみに熱心な読者といったから察してもらえると思うが、この名前全部変えていない。これでGOサインだした担当編集もザルすぎる。逆に何でもOK出すやつじゃん。
私達のこの時間要らないじゃんとおもったが、律儀にもこの会は江雪くんが原稿を(仮に)仕上げる度にやるし、私もまたそれに付き合っている。はぁ、ほんとうに私は菩薩のようだなぁと、自分の優しさに感動しているうちに物語は導入を終わり次の章へとはいろうとしていた。

「相変わらず、読むのが、早い…ですね」
「まぁね、漫画とか雑誌とか本読む早さだけは誰にも負けない気がする〜」
「ほんとに昔からそこだけは尊敬しますよ、それでいてきちんと内容も把握しているんですから、ムカつきますけど」
「へっ、負け犬の遠吠えにしか聞こえないなぁ」
「黙りなさい」
「はい」

宗三直ぐ煽って直ぐ脅すし、なんなんほんと。
江雪くんとか小夜ちゃんは素直に誉めてくれるのに。
区切りがいいのでお茶請けに出されていた栗羊羹を一切れ食べるとまぁまぁ美味しいこと。何時もの事だが左文字家のお茶菓子を選ぶセンスったらほんと凄い。うちのお母さんも毎度何処のお菓子なのか聞き出して買いにいくほどだ。

「小夜ちゃんも栗羊羹食べよ、はい」
「…ありがとう」

爪楊枝に一切れ刺しそれを手渡すと小さな手で持ち上げ豪快に一口で食べてしまった。小夜ちゃんのこういう妙なとこで大胆なとこ大好きである。
江雪くんも気を利かせてお茶を手渡していた。

「宗三は?」
「そうですね、僕も一段落つきましたし頂きます」

宗三にも一切れ差し出すと素直にそれを受けとる。ついでに私ももう一切れ。
左文字家で悪くないとおもえるのはこういう皆でお茶しているとき。皆無理に話したりしないけど、この時間をちゃんと大事にしようとするところは好感がもてる。
宗三も黙ってればなぁ、ちゃんとしてるのに。要らん視線を向けているとジロリと垂れ下がった前髪越しに睨まれる。ほら絶対私の心の中読んでるもんこの顔。すいませんね!!
ふらふら〜っと目をそらし江雪くんとバチリと目が合う。

「お茶の、おかわり……いり、ますか?」
「あ、うん」

手元の急須からお茶を継ぎ足してくれるもまだ熱くて飲めそうにない。「ちょっとトイレ借りるね」もうそろそろ小説読むのも再開するだろうし、お茶も少し冷ましたいので席を立った。


帰ってきたらもう二人とも続きをよみ始めていた。めんどくさいし眠くなるけど続きが純粋に気になるし私も読むか〜、と自分の分のコピーされた原稿を手に取る。
さてさて、主人公の又教(またのり)が親友の秋水(しゅうすい)と昨年の体育祭でのいざこざについて改めて話し合うシーンからだな。


―――


最後の一行を読み終えため息をつく。終わった。前よりは短いようだったからそこまで時間がかからなかったな。時計に目をやると六時ちょい前。
拉致されたのが昼御飯を食べて直ぐだからだいたい四、五時間といったところだろうか。
ガチガチに固まった首や肩を伸ばそうと腕を動かしていると、作業用机に向かっていた江雪くんが「お疲れさまです」と此方へ腰をおろした。
小夜ちゃんと宗三はそれぞれ終盤まではきているようだったが、それでもまだ最後までは読めていないようだった。

「ねぇ江雪くん。二人が読み終わるまでちょっと寝てていい?ふぁ、すっごいねむくて…」
「ええ、どうぞ。終わったら、声を、かけます」
「ありがとう、おやすみ〜」

目を閉じる瞬間江雪くんは優しい顔で笑って頭を撫でてくれた。お兄ちゃんっていいなぁと考えながら、私は直ぐに夢の中へ落ちた。


―――

その後三十分位して二人は読み終えたようで、なかなか起きない私は案の定宗三に目がバチバチ目覚める起こし方をされた(想像にお任せする)

晩御飯を左文字家でいただいてから感想会を始めた。
各々感じたことをそのまま伝え、江雪くんはそれを丁寧にメモ用紙にかいていく。
今回の小説はそこまで長くなかったし、冒険するような内容でもなかったので矛盾点とか、ここどうなの?って点はなかったもののちょくちょく誤字はあったみたいでそれを直す作業は大変だなぁと他人事におもうばかりだった。

「さて、こんなところですかね。兄様、僕は名前を送ってきます」
「ええ。今回も、ありがとう、ございました」
「へーい、江雪くんもこの後頑張ってね」
「はい」
「名前、またね」
「うん、小夜ちゃんもまたね」
「行きますよ」
「はーい」

これにてお開き。
江雪くんと小夜ちゃんに手を降り左文字家を後にした。
宗三は送ってくれるなんていっているが家は隣同士なため別に必要ないのだが、毎度そうしてくれるため素直に受け入れている。

「疲れているでしょうけど、明日は学校なんですからダラダラすることのないように」
「もー…わかってるよ、お母さんか」
「昔からいくら口を酸っぱくしてもギリギリな行動を取るんですから、何度でもいいますよ」
「彼女出来ても絶対秒でわかれ切り出されるから、それ」
「貴女と他の女性を同じように扱うわけがないでしょう?」
「しばく!!」
「ほら、早く家にはいってねなさい」
「いっった!!」

一発ぽこぱん決めようとしてらでこぴんをくらったのだがまぁ痛い。頭痛がしてくるレベルで痛い。くそー覚えてろよ宗三!!!
と思いつつ必死にガンを飛ばして家にはいる。
とにもかくにも頭をいっぱい使ったので今日は疲れた。早く寝よ。


20220820


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