01


それは満月で雲一つない夜のこと。忍者にとっては最悪の環境ではあるが、とてもきれいな夜空であることにはかわりなかった。こんな任務帰りの時ではなかったら、ゆっくりと佐助くんたちと月見酒を煽りたかった。くよくよ考えても甲斐にはつかないので、影を選びながら慎重に、かつ素早くかけていく。
うまくいけば一日二日で帰還できるが、これまでに追っ手に出くわしていないのが少し気がかりでもあった。待ち伏せされている可能性も十分あるため、気を抜けない状況である。
喉が乾いてきて腰元にある水筒に手をかけた。だが、なかが空っぽでそういえば水を足しておくのを忘れていたことを思い出す。食料がないのはどうにでもなるが、水がないのは非常にまずい。今からでも注ぎ足しにいかなければと、耳を地面につけ水の音を拾おうとする。
静かな夜に響くのはかさかさと揺れる草の音と、不気味になく梟の声。
そして、土からはさらさらと水の音がかすかにすることがわかった。

「(ここからだとそんなに遠くないところに川が流れているのか…)」

顔を地面からはなし、川のあるであろう西の方向へ歩みを進めた。



…………



予想通り小川がそこにあった。木々から漏れる月の光に照らされ、幻想的な雰囲気を醸し出していた。
水が飲めるものか確認し、水筒へつめる。想像していたよりもきれいな水であったため、眠たい目を冷ますために、顔を思いきり川へつっこむ。
顔面が冷たいものにフワッと包まれる。ぼこぼこという音が沈んでいき、あのときに聞いたさらさらというおとが聞こえ始める。
気持ちがいい。外の世界と遮断され、ここには私一人。真っ暗で冷たい。それでも独特の柔らかさと優しさと、温かさがあって、どこか心地いい。
息も切れかけ、顔をあげようとした。

が、そうはいかなかった。顔が持ち上がらないのだ。敵か?!だが、頭が押さえつけられている感覚がない。それよか、人の気配すら感じられないのだ。
むしろ、川の中から顔を掴まれ引きずり込まれるような感覚だった。

このままじゃ溺死だ。それでも、力をかければかけるほど、ぐいぐいと吸い込まれていく。

「(まずい、息が……もうっ………!!)」

そのまま私は川へ吸い込まれ、気を失った。





鳥のさえずりが聞こえる。そして瞼にチラチラと光が差し込んでくる。

「ん…、」

目をゆっくり開ける。時はすでに朝方。ポカポカの陽気に包まれ、思考が停止する。だが、さらさらと耳元に川のせせらぎが聞こえた瞬間、すべてが覚めた。
勢いよく上体を起こし、周囲を見渡す。 そこは夜来たときとかわりなく、きれいな小川が流れているだけ。自分の体も確認してみるが、傷はおろか道具もそのまま。
まるで昨日は狐にでも化かされていたのでは?、とうかがってかかるくらいだ。

けれども、なにもなければそれはそれでいい。すぐに甲斐へ戻ろう。



…………



「嘘…」

甲斐へ帰ってきた。はずだった。

幸村さまたちの城が、その城下町が、見慣れた木々たちも、そこにはなにもなかった。更地とかそういうわけではない。慣れ親しんだ甲斐の地は木々の一つ一つが馴染み深く、その森すらここは甲斐ではないという証拠になるのだ。

では、甲斐はいったいどこへ消えたの!!?皆は?!
それとも、私が道を間違えた??そうなれば、地図を、ここがどこなのかを把握しなければ始まらない。
そう思った瞬間、私の足は人里を求め走り出した。



…………


日が傾きかける頃、ようやく見つけた所は少し賑わいのある町だった
町娘にはや着替えをし、町を歩く。
日が傾きかけているのもあり、家へ帰る人がたいはんだった。
店じまいをし始めている甘味処へ向かった。

「あの」
「いらっしゃい!ここら辺じゃ見かけない子だねぇ」
「はい、人を探して旅をしていまして、おなかがすいたので。まだ、食事は出来ますか?」
「あらー、そうなの、大変ねぇ!大丈夫、大丈夫!そういうことなら注文聞くわよ!」
「ありがとうございます」

寒天と団子をいくつかたのみ、おかみさんと世間話をする。
そこでわかったことがいくつかある。
けれどもその情報は最悪の、信じたくないものだった。

「真田幸村??うーん、ちょっとわかんないわねぇ…」
「こんな顔の方なんです!!見たことも?」
「ごめんなさいねぇ」
「そ、そうですか……
ありがとうございます」

残りの寒天を食べ店をあとにする。
真田幸村をしらない??どういうとだ?お世話とかではなく、彼は天下をとるのではないかと言われている人物の一人。それを知らないというとは、かなりの世間からは慣れているか、もしくは………真田幸村が、存在しないか…。
そんな馬鹿なことっ!!


私は駆け足で違う店を転々とした。聞くのは同じこと。そして、新しく徳川家康を知っているかも聞いてみた。徳川家康のことは流石に誰でも知っているであろう、という期待を込めてだ。幸村様よりも、有名であることには不服だが、こちらの方が想像を確信にかえるのにはちょうどいいだろう。
そして、それは最悪な方向へと進んだ。やはり誰も幸村様のことも、徳川家康のこともしらなかった。
本当に皆は、消えた??
そんな、あり得ないことに頭がついていかず、絶望のまま町を途方もなく歩いていた。

その時、二人の男が絡んでくる。身なりからして、野武士の部類だろう。だか、こういう身分のものなら遠慮なく情報を引き出せる。

「お嬢ちゃんどうだい?これから俺たちと飯でも食いにいかないか?」
「うまい飯食わせてやるぜぇ?」
「本当ですか、実はつい先程こっちに来たばかりで、右も左もわからず…、ありがとうございます」
「いぃってことよ!ささ、じゃああっちに行こーぜ」

汚い手を肩に回され、下心がみえみえの男に先導された。
予想道理過ぎて笑ってしまいそうになるが、そのまま人の少ない場所へつれていかれる。
そして、壁に押さえつけられた。

「へへ、わりぃな。騙される方が悪いんだ。」
「たっぷり可愛がってやっからな!」

男たちが服に手をかける瞬間。手元に忍ばせている毒針を一人に刺し、もう一人の腕をひねり上げる。
毒針を刺された方は速効性のため、叫ぶ暇もなく逝った。
もう一方には声をあげられると困るため、直ぐ様地面に押し倒し、手拭いを口の中へ突っ込む。
そして、暴れないよう麻痺毒を持つ針を腕と足へそれぞれ打ち込む。
これで、尋問の準備が完成した。
体を動かすことができない男は、ただ口を動かすだけしかできない。くの一ではあるが、体を使うのも派手に殺すのも好きではない私は、いろんな種類の毒と針を使い戦ってきた。近距離を避けられない場合もあるが、極力そういう場面は避けてきた。他の忍びに言わせれば覚悟ができていない甘ったれたやつ。でも、私はこうしてここまで生きてきた。これもひとつの生き方だと思っている。

さて、この男いくら人通りがないからといって、必ずしも人が来ないわけではない。
なるべく見つからないよう、さらに森の奥へと引きずった。

「さて、貴方には教えてもらいたいことがあるの。それを答えてくれれば、殺さずに帰す、いい?」
「ああ!」

恐怖に怯えた目をしている。この状態なら嘘などつかないだろう。

「まず、徳川家康と、真田幸村という人物どちらか一方でもしっている?」
「し、しらねぇ!どっちも、そんな名前聞いたことねぇ!」
「そう。では、ここらで有名な武将は誰」「お、大間賀時曲時だ!!」

おーかまどき??聞いたことない名だ。

「次、出雲大社は知っているよね」
「ああ」
「出雲大社が焼け落ちたということは知っている」
「は?」

キョトンとした顔でこちらを見てくる男。毒針を眼球へ近づけ脅すと、焦ったようにはなし始める。

「ほ、ほんとなんだ!!それに出雲大社は最近見てきた!燃えたりなんかしてねぇ!!まちがいねぇんだ!」

この焦りよう。本当のことなんだろう。
だが、出雲はまだ復興していないはず。なら、先の世?もしくは、過去??いや、……そんなまさか!!

「もうひとつ聞く。今の時代は、戦国乱世で間違いない……?」
「は……?今は室町だろ、……何を、」

それを聞いた瞬間、目の前が真っ暗になった気がした。
そんな馬鹿な。室町だと!?室町は過去、まだ私もうまれてすらいない。
本当に過去の時代に、来てしまったということなのか……!!?

「お、おい。顔真っ青だぞ……」
「他に変わった情報や、噂はない?」
「は」
「なんでもいい!!噂でも、伝説でもなんでも!珍しい、情報はなにか!!なにか、ない……!」

気を張っていないと、今にも涙がこぼれ落ちそうになる。だが、ここでないてはいけない。少しでも情報を集めなければ、この状況を打破しなくては、甲斐に、皆の元に帰らなきゃ。

「そ、そんなこと言われてもよぉ。
あ、」
「なに!?」
「変わった噂ってなら、最近どっかに天女が降りてきたらしいぜ。詳しい場所はしらねーが、なんでもこの世のものとは思えない美しさで、なんでも願い事を叶えてくれるとかいう噂だよ」
「天女…」


なんでも願いを叶えてくれる?
今は根拠のない馬鹿馬鹿しい噂ですら、希望に思える。
これ以上はこの男に何も望めないだろう。
男から離れ、方角を確認する。
よし、とりあえずさっきの町で宿をとろう。あしたから、天女についての情報集めだ。

「お、おい!!この痺れはいつとれんだよ!!」
「あと、一刻もすれば」

そういい、足早にその場を離れる。なにかわめき散らしている声が聞こえたが、無視をして町へと戻った。


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