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右手をいなし、振り上げた左足を後退してよけ体制を整える。そのまま正面へ拳を叩きつける。単純な軌道はよけられる事を前提として出したもの。本命はそこから手を地面につけての回し蹴り。当たったもののそこまで威力は高くない。体勢が崩れかけている今を狙って、手元にクナイが投げられる。腕をバネのようにして体を跳ねさせる。

「かれこれ四半刻ぶっ通しなのだ」
「くノ一なのに凄いよね。僕らなんて本当足元にも及ばないや」
「何を言う雷蔵。私たちは遺憾ではあるが、以前よりも弱くなった。本来の私たちではないわけだし、何よりもっと成長できる。あの人なんか直ぐに抜かせるはずだ」
「けどよお、その分あの人だって成長できるわけだから、時間は結構かかるよなぁ・・・」

「はー!もう無理!!少し休も!ね?あんこさん」
「次は順番的に竹谷くんだよね」
「え!いやあの、少し休憩しませんか・・・?」

気まずそうに笑う竹谷八左エ門から目線をずらし隣の不破雷蔵を見る。彼も慌てた様子で目線を横にずらす。となりの鉢屋三郎は胸の前で腕を交差させ×を作っていた。そして最後の久々知兵助に関しては論外だ。どこから持ち込んだのかわからないが、豆腐を食べている。しかももう半分位。
部屋に篭ることが多くなった私を無理やり引っ張り出し、組手に付き合ってくれと言われた。五人揃ってくるから何事かと思った。私を慰めているつもりなのか、それとも本当に修行をしたいからなのかは分からないが、動けば頭の中もスッキリすると言われた。対人は久々で、頭を空っぽにしながらできた。が、彼ら的には体力が追いつかないようだ。
大きくため息を吐き、少し距離を置いて縁側に座る。
片足を胸元に折込み口元を隠す。七松小平太を戻して既に十日。

「はい」

目の前に豆腐が差し出された。どこから持ってきたのだろう、新しいものになっていた。
ちらりと久々知をみれば何を考えているのかわからない顔。

「豆腐はいつ食べても美味しいですよ」

だからなんだと言うんだ。
私が手をつけない雰囲気を察したのか、匙で一口分掬い「はい」っと口元へ持ってくる。いや、食べなきゃ駄目なのか??表情一つ変えずにやってくる彼は、本当に何を考えているんだ。やめる気配もなさそうだ。しぶしぶ口を開き、食べる。久々知をずっと見ていたが。食べる瞬間も、後も、やっぱり表情が変わらない。
数回咀嚼してしまえば、それはもう口のなかから消えていた。きめ細かい豆腐だ。確かに美味しい。

「で?」
「どうでした!」

いやどうって言われても。グイグイ全面に出てくるが、彼のこの豆腐に対する執着は何なんだ。

「お、おいしかった、けど」

そういうと、ニンマリと満面の笑みを見せて彼らの方に戻っていった。本当に、本当になんだったんだ。
だがそれだけに終わらず、何故か今度は五人でこちらに来て私を挟み座り始める。暑い。
右には鉢屋三郎。左には尾浜くん。鉢屋三郎は今すぐ不破くんと場所を交代してくれないだろうか。

「俺たちもさあんこさんを元の世界にかえすために色々調べて見てるんだけどさ、さーっぱりなんだよね。呪い本も禁書指定が増えてなかなか読めないし」
「そう」
「中在家先輩にも聞いているんですけど、それらしいのは見ていないといっていて」
「天女の術にはまっていた三郎とか七松先輩とかも元に戻ってますし」
「難しい案件なのだ」
「・・・」
「あ!俺たち落ち込ませるためにそんなことを言ってるわけじゃなくて、その・・・」

不破くんがまた慌て出す。わかっている。望みがないのも。ここで生きていく決断もそろそろしていかなきゃいけないのも。彼らは優しいから。ここの世界も良いところとか、そんなことを言いたいんだろう。その優しさはこちらに来てから痛いほどわかっているのだ。そう。痛いほど。だからこそ、その優しさが私の帰りたいという欲求を増幅させるのだ。

「案外あれかもな。いつものように生活というのは、お前がいなかった時の状態だから、この学園から去れば帰れたりするかもな」

ゴンっと鈍い音が響く。しかも四つ分。鉢屋三郎が皆から殴られていた。

「三郎!!なんてこと言ってるんだ!」
「馬鹿かお前は!」
「デレカシーノ欠片もないよね」
「あんまりなのだ」
「うるさい!こんなの言葉遊びというか、直訳みたいなものだろうが!」

ギャーギャーそのまま騒ぎ出すも、私はその言葉に衝撃を受けていた。
確かにそうだ。私はこの世界には存在しない者。いわば異物。この学園にいることで、前の学園の状態には戻っていないことになる。そうだ。答えはきっと、コレだったんだ。
すっと立ち上がり、学園長室へ走った。

「ほらー!三郎が変なこと言うからあんこさん悲しんでんじゃん!!」
「信じられないよね」
「ねー」
「三郎、暫く口聞かないから」
「ら、雷蔵!?」

その光景をジッと見つめる影があった。


・・・・・・


学園長室で先程のことと、私の考えを述べた。しばしの静寂が訪れる。学園長はお茶をすすり何かを考えているようだった。じっとその様子を見つめる。何も言わずにここを出ていくことだってできるが、それはここまで良くしてくれたこの学園に失礼に値する。

「そのような解釈もできるの・・・。それで帰れればいいのだが、帰れないとわかったときお主はどうするのじゃ」
「ここの世界に身を落ち着けてもいいと考えています」
「お主をここに連れてきた呪いを、今度は帰るために使ってみようとは思わんのか?」
「それも考えてはみました。でも、それをして帰れたとして成功すればいいですが、失敗したときのことや、役目を果たせばこっちに戻ってくるなんてことも考えられないこともないです」
「随分と弱気じゃな」
「弱気といいますか、確実に皆に会いたいんです。このまま一生会えなくなるのはどうしても耐え切れない」
「ここに残るという決心は、自決するという意味なのか?」
「・・・・・」

何も言い返せなかった。ここに残る。でも皆のいない世界は私にとって一人で生き続けるということ。どのみち耐え切れない。それなら死んでしまったほうが楽だ、そう考えていた。なにもかもこの老人にはお見通しというわけだ。

「お主にとって向こう側のお仲間が、どれほどお主の支えになっているかということは完全には理解できんじゃろう。じゃが、お仲間はお主が死ぬということを望んでおるとは思えん。死ぬとは自分だけのことではない。周りも巻き込むことじゃ。生きることは諦めてはいかん」
「申し訳ありません・・・」
「この学園から出ていくことはもちろん許そう。ここに縛り付けておく気は毛頭ない。じゃが、これだけは約束してはくれぬか。
死ぬでない」

とじていた瞳は開かれ、まっすぐ突き刺さる。

「生きていればどうにでもなる。死んではそれまで。これから先ここに留まることになろうとも、いつかは帰れるかもしれん。だから、生きなさい。どんなに辛くて寂しくても、生きなさい」
「・・っはい」

こんなに私のことを考えてくれているとは思っていなかった。所詮はどこぞのくノ一。忍びは基本的に使い捨てられるもの。この学園だって、いくら優しくても、部外者を迎え入れるほどの優しさはそれほどないと考えていた。信じていなかったのだ、この学園を。
でも、こんな言葉をかけてくれるということは、それだけ気にかけてくれているということ。ただの同情じゃここまでは言えないだろう。幸村様でもここまでの優しさはないと思う。私の心に空いている傷にその優しさが滲んでいってしまう。そんなことだけはしてはいけないとわかっていても、嬉しい。絆をされてはいけないのだ。ここにずっといるというわけではないのだから。




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