一部に初音ミク(ボカロ)ネタあり、キャラ崩壊あり




 狩屋マサキは悩んでいた。
 それは思春期の男子特有の恋愛や成績、対人関係などの悩みなどではなく、十三才という年齢の子供にしてはまったくと言っていい程、相応しくない悩みであった。否、恋愛といえば恋愛絡みの悩みでもあるのだが――。




「先輩ー、まだ終わらないんですか?」




 カチャカチャというゲーム器を操作するコントローラー特有の音が嫌でも耳に響いて聞こえる狭い空間に、否、正しくは五畳半程度しかない霧野の自室に狩屋は居た。
 珍しく部活動の練習がない休日を恋人である霧野と二人っきりで満喫しようと思った狩屋が霧野の自宅を訪ねると玄関の扉を開けたのは目の下に盛大な隈をを張った霧野の姿であった。そんな霧野の姿を見て狩屋は特に驚いたりはせず、溜め息を一つ漏らすと冷静かつ冷酷な口調で一言を放ったのだった。うわ、あんた、めっちゃ不細工ですよ。――おぉ、会って早々、恋人を罵倒するとはこれぞまさしくリアル毒舌家。はは、可愛い奴だなぁ、まぁ散らかってるけど中に入れよ。なんて、何処か次元の違う台詞をごく自然な形で口にする霧野に狩屋は再度溜め息を漏らせば、呆れ面を見せることしか出来なかった。何故ならそんな霧野に自分が歯向かっていった所で何も生まれないことを狩屋はよく知っていたからだ。慣れとは本当に怖いものでそんな霧野に狩屋は大人しく従うと彼の自宅の玄関の扉を潜った。ちなみに、それが霧野と狩屋の数時間前のやりとりである。
 そして今現在、霧野は自分の元を訪ねて来た狩屋のことを放ったらかしにして、テレビの画面に釘付けになりながらゲームをしている。どうやらそれは狩屋が霧野の元を訪ねて来る前からプレイしていたゲームだったらしく、霧野曰く後少しでエンディングを迎えることが出来るらしい。…と、その言葉を狩屋が霧野の口から聞いたのが小一時間程前の話だ。一体、いつになったらエンディングを迎えるのだろうと狩屋は本日何度目か分からない溜め息を漏らせば、テレビ画面に写る、やけに瞳が大きく描かれた水色の髪の美少女に視線を送った。




「私、先輩のことが…、す、す…。好きなんです…っ!」




 妙に甲高くて舌ったらずな口調で制作者が決めたシナリオ通りの台詞を口にする美少女の姿を見た瞬間、今まで狩屋がどれだけ話し掛けてもあぁ…だの、うん…だのといった空返事しか返してこなかった霧野が突然奇声紛いの叫び声を上げたのだった。




「やっべぇ、まゆゆんマジ可愛い!まゆゆんマジ天使!!」




 霧野がプレイしているゲーム、それは俗にいう恋愛シミュレーションゲームというやつで多数存在するヒロイン候補の女の子キャラクター達の中からお目当ての子を一人選択してその子と様々なイベント事を乗り越えつつも、最終的には恋人同士になるといったジャンルのことを指すゲームをプレイしているのだが、普通部活動に青春を捧げる中学生男子ならば到底手を出すことはないであろう、そういった類いのゲームを霧野は酷く好んでいたのだ。そして、質が悪いことにそれを恋人である狩屋に隠しもしないのだから狩屋からしてみれば、どういった反応を返したらいいものか分からないというわけで。
 追伸、あくまでも補足として言わせてもらうのだが霧野は一般で言うオタクという部類に入る人種である。しかも、それはそれはかなりの重度なレベルのオタクであった。
 壁には色とりどりの髪色をした二次元美少女のポスターや抱き枕カバーがびっしりと貼り飾られており、ベッドの上には何故か妙に使用感のある抱き枕が一体。パソコンが置かれている机の上には決して安物ではないと断固して言い切れてしまうことが悲しいフィギュア達が数体置かれていて、パソコンのデスクトップは当然アニメキャラクターの壁紙である。しかも、それは少しいやらしいタッチで描かれた絵面であった。パソコンのキーボードはデスクトップの壁紙に使われているキャラクターと同じキャラクターの絵の物に揃えられていて、キーボードを買った時にセット品だったのかマウスも同じキャラクターの物で統一されていた。そんなマウスの下に引かれているマウスパッドは背を向けた女の子が恥じらい顔を見せながら首だけを此方に振り向かせているといった絵柄のマウスパッドで、しかも何故か妙に尻の部分だけがやけに盛り上がっているといった仕組みになっており、狩屋からしてみれば何とも理解しがたい一品でもあった。――他にもボイスクロック、ミニタオル、ぬいぐるみといった様々なオタク用品があちこちに置かれていたりもするのだが霧野の部屋にある彼のコレクション、否、宝物を説明すると日が暮れてしまいそうなので今回はこの辺りで終止符を打っておくことにしよう。ちなみに中学生である霧野がこんなにも値の張りそうな物を大量に持っている理由は主に両親から月に一度だけ渡されるお小遣いを貯めて購入したり、ネットオークションで原価よりも値が半分以下に下がった良品を見極めて落札していたりするからなのである。少なくとも狩屋は使い道はどうであれ、そんな霧野の金銭的なやりくり能力を高く評価していたし、あればあるだけ使いきってしまう自分にとって霧野のそんな一面は見習いたいところでもあった。




「あー、まゆゆんが可愛すぎて俺どうにかなりそう!!!」




 まゆゆん。――それは、霧野が最近熱を上げているゲームソフトのキャラクターの内の一人で後輩、ツンデレ、寂しがり屋といったもはや恋愛シュミレーションゲームの中でも王道中の王道とも言える属性を踏まえたキャラクターの女の子である。ちなみにまゆゆんという呼び方はファン達の中での愛称呼びであり、本名は北河真由子(きたがわまゆこ)といって、二十世紀にそぐわない古称な名前が可愛らしいキャラクターなのだ。




「やっとエンディングですか?」




 ゆったりとしたオルゴール調の音楽に夕焼けを背にした告白シーン。これ以上のシチュエーションは想像もつかないと言ってもいい程までに恋愛シュミレーションゲームのエンディングを迎えるにあたって相応しい展開を見事に演出せているテレビ画面に狩屋は再度視線を送れば、これでやっと霧野に構ってもらうことが出来るのだと喜びを隠せずにはいられなかった。




「いや、これはまだ始まりに過ぎないらしいぞ。あまりにもまゆゆんルートの最後が気になったからさっきお前が来る前にネタバレスレでググってみたんだけど、どうやらこの後に幼馴染みの唯が…」

「あー、はいはい。そうですか」




 得意気な表情と語り口調で自身の知っている知識をつらつらと説明してくる霧野の言葉を狩屋は自らの言葉で遮ると、落ちを知ってるなら別に今やっても後からやっても同じでしょ。少しは俺のことも相手して下さいよなんて、少し拗ねたような口調で文句を垂れてみせたのだった。だが、そんな狩屋に霧野は駄目だ、俺は今どうしてもまゆゆんとのハッピーエンドが迎えたいんだと、やけにはっきりとした口調で言葉を返せば、更には妙に真剣な表情をちらつかせて再度ゲーム進行に取り掛かってしまったのだった。一度でもこうなってしまった霧野にゲームを止めてもらうには霧野が満足のいくまでゲームをやらせてあげるか、もしくはそれ以上の興味を与えてゲームから気を反らさせるしか方法はない。――前者を選べば現状は変わることなく、狩屋がただ暇な時間を過ごすだけだ。だからといって後者を選ぶにしろ、今の霧野にゲーム以上の興味が注がれるものは果たしてあるのだろうか。狩屋は自身の脳内を必死に回転させると、うんうん唸り声を上げて小首を捻らせた。あれも駄目、これも駄目。そうだ、もしかしたらあれならば。いやいや、やっぱり駄目だ。未だテレビの画面に釘付けになっている霧野の後ろ姿を目に狩屋は色々な案を思い浮かべては、却下し、また思い浮かべるといった行為を繰り返した。そして考えて、考えて、考え抜いた結果に狩屋の脳内にはあることが浮かび上がったのだった。




「せ、…っぱい…、俺、コスプレ、して…あげても、いいです、よ…?」


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