■プロシュート兄貴とペッシ、女主三人で暗殺を終えた後にほのぼの街巡り
注1:ジェラテリア=ジェラート専門店
注2:ピッツェリア=ピッツァ専門店
「ブッ殺すッ!」
口から飛び出たこの言葉。この言葉が持つ問題点を考えるより先に、私は引き金を引いていた。
発砲と同時に感じる反動。血を吹き出して倒れ込むターゲット。これら全ての出来事は、一瞬で起き、そして過ぎ去った。
鈍い音を最後に、倒れたターゲットは動きを止めた。鮮血だけは流れ続けているが、その人間だったものは微動だにしない。それを確認した私は、自分がやったことを自覚するしかなくなった。
「殺、した?」
あまりにも呆気ない。これが、初めて人を殺して思った最初のこと。次に感じたのは、人の命はこんなに簡単にこと切れる、ということへの寒気。最後に思ったのは、寒気を感じているはずなのにどうしようも熱い、汗が吹き出る体のこと。
「やったか。さっさとズラかるぞ」
私が呆然と立ち尽くしていると、後ろに控えていたプロシュートが、淡々と言葉を投げかけてきた。そして彼は踵を返し、この場から立ち去る。
「……ナマエ、行くよ」
プロシュートの後ろに着いてきていたペッシが、動けないでいる私の手を引っ張った。その手に引っ張られている感覚も、歩いている感覚も、あまりなかった。ただ、辺りに漂う血の匂いだけが、鼻の奥にこびりついていた。
外に出ると、さっきまでの寒気が嘘のように暑かった。直射日光を全身に浴びる。ああ夏だなあと、ふと思った。
「とりあえず、そこのベンチにでも座るか」
プロシュートがこう言うので、私はベンチの端に腰掛けた。この時にはもう落ち着いたもので、人を殺したということよりも、プロシュートに何かを言われるかもしれない、ということの方が怖かった。
ブッ殺す。
これは、オレたちギャングの使う言葉ではない。前に暗殺に失敗した時、彼にそう言われた。その時は彼に尻拭いをさせてしまった形になるため、この言葉を聞く度、言ってしまう度に、その時のことを思い出し、恥ずかしくなってくる。
身体が熱いのは、羞恥からか、それとも暑さからか。隣に座ったプロシュートを見ても、彼は暑さを感じさせず涼しい顔をしている。だが彼は、私の方を見ると端正な顔を顰めた。
「本当なら一番最初に、よくやった、と褒めてやりたいところなんだが。前も言ったろ、『ブッ殺す』なんて弱虫の使う言葉だ。オレたちの中に、そんな言葉を使う奴はいねえ」
「ブッ殺した、でしょ。わかってるわ」
充分理解していながらも思わず口に出してしまうのが、私の悪い所なのだけれど。
「で、でも兄貴! ナマエはよくやったよ、何の躊躇もなく銃を撃った! それに一発で命中した! それと、えっと」
「ペッシ」
反対側に座ったペッシが、慌てた様子でこう言った。庇ってくれている? そう思うと何だか、少し気持ちが落ち着いた。
プロシュートはペッシの言葉を聞いて、呆れたように息を吐いた。そして、さっきよりは幾分柔らかい声色で言う。
「何も、怒ってるわけじゃあねえよ。最初に言ってやりたいことがそれだってだけだ。次から気をつければ良い。……初めてにしては上出来だ。よくやったな、ナマエ」
「…………」
なんて言って良いのかわからなかった。ただ、ここで初めて、体に駆け巡り続けていた緊張が途切れたのはわかった。
褒めてくれたのだからお礼くらいは。そう思って口を開こうとしたけれど、プロシュートが口を開く方が先だった。
「そうだな。ナマエの成功を祝って、たまにはメシくらい奢ってやるか。何か食べたいものとかあるか?」
食べたいもの? 少しだけ考えてみたけれど、何も思いつかない。それよりも日光が暑くて、涼みたいという思いの方が強い。
「特に、ないわ。食欲ないの」
「まさか、人を殺したから吐き気でもするのか? 仕事する度にそんなこと言ってたら、いつか何も食べられなくなって死ぬぞ」
「別に、そうじゃないんだけど。なんだか、暑くて食べたいものがないの」
「……なるほど、そっちか。だが、暑いからと言って何も食べないでいるのも良くねえな。暗殺者に体調管理は必須だ、殺る前に殺られちまったら世話ねえからな。特に夏は忙しい――バテる前に、食べれるものは食べておいた方がいい」
「うん、それもわかってはいるんだけど……」
どうしたものか。しかし、本当に何も食べたいと言う気にならないのだ。やっぱり、気が滅入っているというのもあるかもしれない。
思わず考え込んでしまう。だけど、暑くて頭が動かないし、何も食べたいと思わない。本当にどうしたものだろう?
「じゃあ兄貴、ナマエも、ジェラートでも食べに行かねえか? ちょうど、いい店知ってるんだよ」
そんな中、ペッシはプロシュートと私に向かってこう言った。彼の瞳は、これが一番の名案だ、と言わんばかりに輝いていた。
「ジェラート?」
一瞬、チーム仲間の方を思い出して、ペッシは一体何を言っているんだろうと眉を顰める。だけど少し考えて、ああ、と頷いた。
「なるほど、氷菓子のジェラートの方ね」
「何のことだと思ったんだい?」
「ソルベとジェラートの方のジェラート」
「まあ、ソルベも氷菓子だけどね」
ペッシに苦笑された。そんな顔をしなくても良いだろうに。
「まあ、最近はナマエも暗殺のことばかりで、菓子のことを考える余裕もなかったんだろう」
言われてみれば、最近は菓子なんて食べることも少なかった気がする。早く実績をあげなきゃと、そんな余裕もなかった。
ジェラート(勿論氷菓子の方だ)のことを思い出した途端、この暑い夏を今までジェラートなしでどうやって生きてきたのか、思い出せなくなった。日光が眩しい暑い夏には、ジェラートは必須なのに。
「いいだろう、ジェラートでも買いに行くか。……ペッシィ、おまえが食べたいから提案したわけじゃあねえだろ?」
「まま、まさか! そんなことないよ。ナマエのために言ったんだよ」
「そうか、じゃあおまえの分はおまえで払えよ、ペッシ」
「そ、そんな、兄貴ィ!」
「冗談だ、かわいい弟分とナマエの分くらい奢ってやるよ」
そう言ってプロシュートは楽しそうに笑った。それにつられて、私も笑った。
この時にはもう、初めて人を殺した、なんてこと、寒気のことなんて、どうでもよくなってきた。
「なあ兄貴、ナマエ、ここだよ。最近見つけたんだ」
ペッシに案内されて来たのは、小さめのジェラテリアだ。見かけたことはあるけれど、入ったことはなかったお店だ。
「ここ、美味しいの?」
「勿論! あまり混んでないからすぐ買えるし、穴場なんですぜ」
なるほど、とメニューを見た。人気店よりは数が少ないような気もするけど、まあ充分だろう。
「ナマエ、ペッシ、何にするんだ? オレが買ってきてやるよ」
プロシュートの言葉に甘えて、ジェラートを買ってきてもらうことにした。
「うーん」
正直何でも良いのだけれど、何でも良いと言っても困らせるだけだろう。ここはとりあえず、適当に選ぶことにした。
「じゃあ、苺とバニラかな。コーンで、生クリームのトッピングも」
「わかった。ペッシは?」
「レモンにヨーグルト……カップで。生クリームはいらないや」
「よし、わかった。じゃあおまえら、ここで座って待ってろ。買ってくる」
「ありがとう」
ペッシと二人で、プロシュートの背を見送る。プロシュートにジェラートを買ってきて貰っている間、ペッシと話をした。
「ペッシは良くここに来るの?」
「へへ、たまに、かな。すぐ買えるし、美味いし、気に入ってるんだよ」
「なるほどね。美味しかったら今度、また来てみようかな」
「それじゃあ、ナマエもここの常連になるかな。きっと気に入ると思うよ」
「そっか、楽しみだな」
私たちは二人で、そんな会話をしていた。なんだか嘘みたいに平和だ、と思った。
しばらくペッシと話し込んでいると、プロシュートがジェラートを二つ、手に持ってやって来た。
「ほらよ。こっちがナマエので……こっちがペッシのか。注文に間違いはないか?」
ありがとう、と私たちは受け取る。苺とバニラのジェラートが私の、レモンとヨーグルトのジェラートがペッシのものだ。
だが、自分は何も手に持たず、そのまま腰掛けたプロシュートを見て、私は疑問に思った。
「プロシュートは食べないの?」
こう聞いても、プロシュートは苦笑するだけだった。
「オレは今は良い。そんな気分じゃあねえんだ」
「……?」
プロシュートの言動を不審に思いつつ、ジェラートを口に運ぶ。あまりに自然に、普通の食べ物と同じように口に運んだ――久しぶりの、ジェラートの冷たさのことも忘れて。
「冷たっ」
「そりゃそうだよナマエ〜、ジェラートは冷たいもんなんだよ」
ペッシは笑いながら自身のジェラートを口に運んでいる。幸せそうだ。
笑ったペッシに抗議の目を向けつつ、もう一度ジェラートを口に運んだ。今度は、冷たくも甘い感触を、しっかり味わうことができた。甘さと冷たさ、滑らかさが、疲れと暑さに満ちた身体に染み渡る。
「……うん。美味しいね、このジェラート」
「へへ、そうだろ?」
ペッシは得意気に、もう一度ジェラートを口に運んだ。このペースだったら彼は、私が半分も食べないうちに、自分のジェラートを全て食べきってしまいそうだ。
「ペッシ、もうちょっと落ち着いて食べてもいいんじゃない?」
「何言ってるんだよナマエ、ジェラートは早く食べないと溶けちゃうよ」
「うーん、それもそうか」
こんなやり取りをしている私たちのことを、プロシュートは半分微笑ましそうに、半分呆れたように見ている。まるで、はしゃぐ子供を見る親のような顔だ。
「ねえ、プロシュートも食べなよ。美味しいよ?」
こう聞いても、プロシュートは相変わらず苦笑するだけだ。
「ハッ。オレは、おまえらが食べてるの見るだけで腹いっぱいだよ」
「そんなこと言わないでよ、私たちが子供みたいじゃない」
「オレにとっちゃあ、似たようなもんだ」
「なにそれ……。まあいいか。プロシュートも、ほら」
冗談のつもりで自分のジェラートをスプーンで掬いあげ、プロシュートの前に差し出した。どんな反応をするかと思って彼を眺めていたら、プロシュートは迷いもせず、その差し出されたスプーンに口をつけた。そして、私のジェラートを味わう。
「……うん、美味い」
少し驚いてプロシュートの方を見ると、彼は首を傾げた。
「なんだ?」
何と言っていいかわからず、口ごもってしまう。そして私は、誤魔化すようにこう言った。
「なんか、プロシュートの方が子供みたい」
「なんだと? それは聞き捨てならないな」
「あ、兄貴は兄貴だよ。プロシュート兄ィ!」
ペッシのフォローもあってか、プロシュートはそれ以上は何も言ってこなかった。私はプロシュートに何と言ったらいいか分からなくなってしまったので、今度はペッシの方に話しかけた。
「そうだペッシ、私のもあげるからあなたのもちょうだい」
「ええっ、いいのかいナマエ?」
「うん。久しぶりに食べるんだから、できれば色んな種類のジェラートを食べたいなって」
ペッシのジェラートを少し貰うため、スプーンで掬った。黄色と白の冷たい山が、少し崩れた。
「……まさかナマエ、オレもジェラートを食べればいいのにって言ったのは、オレのジェラートを食べたかったからか?」
「あはは」
プロシュートからの質問に答える代わりに、ペッシのジェラートを口に運んだ。レモンとヨーグルトの味が混じりあって、さっぱりとしているが甘酸っぱい。うん、これも美味しい。
「誤魔化すなよ……。まだ何か食いたいなら、それくらいまた買ってきてやるけど」
「うーん、それは遠慮しておくかな。流石に悪いし」
「人の分のジェラートを食べるのは良いのかよ」
「だって、つまみ食い程度だもの」
三人で笑いながら、ジェラートを食べる。こんなに甘くて冷たく、美味しいジェラートを食べたのはいつぶりだろう?
三人で話していると、あっという間にジェラートはなくなってしまった。今度また来よう、とひっそり思った。
「さて。……じゃあ仕事に戻るか。報告もしなきゃならないからな」
「待って、プロシュート」
立ち上がったプロシュートに、慌てて声をかける。なんだ、とこちらを見る彼に、私は言った。
「あの、もうちょっと歩いていかない? たまには三人で、いろいろ街を見ていきたいの」
「散々歩いてるだろ、この街なんて」
「そうだけど」
私は今、あまり現実に戻りたくなかったのだ。と言うよりは、たまにはこの三人で、現実から離れてゆっくりした時間を過ごしてみたくなったのだ。さっき三人で食べたジェラートが、あまりにも美味しかったから。
どう説得したものだろう? 否、本当は説得すべきではないのかもしれない。それでも私は、彼らと一緒に居たかったのだ。
少しの時間だけでも良いから。
「いいんじゃないかい? 兄貴」
意外にも、少しの沈黙を破り、次に口を開いたのはペッシだった。
「報告って言ったって、そんなに急ぎの用ってわけでもないよね? 今すぐやらなきゃいけない仕事があるわけでもないし。それに、オレもたまには、兄貴とナマエとゆっくりしたいよ」
「ペッシ」
プロシュートは目を見開いて、私とペッシの顔を見る。そして、やがて彼は、呆れたように、諦めたようにこう言った。
「……仕方ないな。だがナマエ! ペッシ! オレたちは忙しいんだ、今日は比較的余裕があるが、今度からはそんなことも言ってられないぞ」
「わかってるわ」
だから、たまにはゆっくり三人で、なのだ。この街はよく歩くけれど、目的もなく歩くことはあまりない。知らない店があっても、入ることもない。
三人で、歩き慣れたはずの街をゆっくり回って、知らない一面を発見する。それだってまた、悪くないと思うのだ。
「で、どこに行くんだ?」
「特定のどこかに行くわけじゃないわ。目的もなく歩いて、少し気になったお店があったら寄っていけばいいのよ」
「そんなもんか」
傾いた日光を浴びながら、三人で街を歩く。こうして周りをゆっくり眺めながら歩くと、見慣れたはずの景色も新鮮に見えてきた。
歴史を感じられる古い街。故郷の大地を三人でのんびり踏みしめるのも、中々良い。
「ナマエ、ここ良く見たら時計屋じゃないかい?」
「あ、本当だ」
ペッシが見つけたのは、普段だったら見逃すくらい小さな店。または、見つけたとしても入ることもないような店。だけど、よく見ると、雰囲気が感じられる店だ。
「ペッシ、時計欲しいの?」
「今使っている腕時計は安物でさ……。でも、ちょっと高くてカッコ良いのとか、憧れるんだよ」
「なるほどね」
私が頷いていると、プロシュートは顔を顰めて言った。その視線は、時計に向けられているようで、どこか違うものに向けられているようだった。
「本来ならオレらの仕事は、あれくらいのものなら軽く買えるくらいの、危険な仕事なんだよな。実力もあるっていうのに」
「プロシュート……」
悔しそうな顔。暗殺チームの誰もが、声には出さずとも同じようなことを大なり小なり思っている。私だってそうだ。
だが、そんな中でもペッシはこう言った。もしかしたらプロシュートを落ち着かせるために言っただけで、本当はこうは思っていないのかもしれないけれど。
「大丈夫だよ、兄貴。オレは、今の状況で満足だから」
「……そうか? そもそもおまえは、まだ実績を上げれたことないだろッ。そういう口は、人を殺せるようになってからきくんだな」
「ひいい、分かってるよ兄貴ィ」
ペッシは怯えるような素振りを見せたが、プロシュートはやがて、肩を竦めて言った。
「……大丈夫だ。おまえは誰よりも強くなれるさ、ペッシ。その時には、今の状況で満足してるなんて言わせねえさ」
時計屋の前で、重い空気が漂った。このままではダメだと思い、私はこう言った。
「行こうか」
少しだけ重たくなった空気を振り払うように、私たちは歩き出した。ペッシが高めの時計を身に付けている姿を想像して、もしかしたら少し似合うかもな、と思った。
今後、彼がもっと強くなれば、もっと似合うようになるかもしれない。そうも思った。
「あれ、占い師がいる」
露天商の占い師を見かけたので、ふと立ち止まった。黒いローブに身を包んだ怪しげな老婆は、こちらをじっと見ていた。普段ならきっと、見向きもせず素通りしていただろう。
「ああいうところの占いって当たるのかな、私、占いとか本格的にしたことないから。たまにテレビとかでは見るけど、あんまり当たらないし」
「オレもしたことないな。どうせ眉唾モンだろ、あんな非科学的なもの……」
「でも兄貴、オレたちのスタンドも、別に科学的なモンじゃあないよ?」
「……それとこれとは話が別だ」
そんな会話をしながらも、私たちは再び街を歩き始めた。だけど、街の景色があまり目に入ってこない。それよりも、さっきの占い師のことが、脳裏にちらつく。
「……やっぱりちょっと気になるから、占ってもらってくるね」
「あ、おいナマエ?」
プロシュートは驚いた様子で、私に声をかけた。だけど、私は立ち止まるつもりもなく、彼に返事をする。
「何事も経験だよ、今を逃したら一生占いなんてやらないような気がする」
「金の無駄だと思うがな……」
プロシュートとペッシに見送られて、私は占い師のところに戻った。
その場所に戻ると、やはり、占い師の老婆は私のことを見つめていた。気味の悪さも感じたけれど、同時に好奇心も湧き上がる。
「あの、すみません。占ってください」
「……どれどれ、手を見せてごらん」
どうやら、この老婆の占い方は手相占いらしい。あまり期待はしていないけれど、どんな占い結果を見せてくれるかは興味がある。
「ふむ。……なかなか数奇な運命にあるようだね、あんたも、その仲間も。何か特別な力でも持ってるんじゃないかい?」
え、と息を呑んだ。スタンドのことだろうか。この占い師は、意外と質の高い占いをするのかもしれない。
一気に興味を惹き付けられ、老婆の言葉に耳を傾ける。占い師は、そんな私の様子は気にかけず、淡々と続けた。
「あんとも、仲間も、暫くは普段通り、平和に過ごせるだろう……だが、転機が起こる。そこで酷い目に遭うかもしれないが……そこから抜け出せるかもしれない可能性が、いずれ見つかるだろう。そこから先はわからんね」
最初は期待していたけど、ここら辺はいまいちピンと来なかった。転機? 酷い目? あまり、想像がつかない。仲間と過ごし、仕事をする毎日に、何か変化があるとはあまり思えなかった。
「これくらいかね。せいぜい気をつけなさいね」
ここまで言うと、老婆はお代をせびってきた。占いの代金は意外と高く、釈然としない気持ちで二人の元へ戻った。
「ナマエ、おかえり。どうだった?」
ペッシに聞かれたけれど、私には何とも言えず、首を傾げるしかなかった。
「当たってるところもあったけど……。よくわからなかった割に、結構高かった」
「だから眉唾モンって言ったんだよ」
「そうかも。まあ、これでもう占いすることもないでしょ」
占いが外れれば、の話だけれど。むしろ、外れて欲しい。ずっと、仲間九人と一緒にいれればいい。転機なんていらないから、酷い目になんて遭わず、できるだけいつも通りの生活をしていきたい。そう願っておいた。
「花屋か……」
プロシュートが立ち止まったのは、ある広場の花屋の前だった。段々日も傾いてきて、涼しい風が吹いている。
「少し寄ってく?」
「いや、いい。別に、今は花束を渡す女もいないしな」
プロシュートには恋人がいないのか。メンバー内でそういう話はあまりしないけれど、勝手にいるものだと思っていた。少し意外。
「でも、お花屋さんか。私が寄っていきたいな。寄っていい?」
「それなら良いが」
そう言いつつも、プロシュートは花屋に真っ直ぐに入った。案外花好きなのかもしれない。
店内には色とりどりの花が咲いている。良い香りに包まれると、まるで私がただの善良な市民で、ただの女に戻ったような感覚になった。花が好きな、ただの女の子。お花遊びが大好きな、ただの女の子……。
「ナマエはどんな花が好きなんだ?」
プロシュートに聞かれて、途端に現実に戻ってきた。少しだけ、子供時代のことを回想していたような気がする。
「花? うーん、いい香りで、可愛いか綺麗な花ならなんでも。ラフレシア以外で」
「ラフレシアなんて普通売っていないだろ」
「まあ、私も実物を見たことはないけどね」
呆れたように息を吐くプロシュートを尻目に、私はふと呟いた。
「ああ、でも、昔はタンポポとかで遊ぶのが好きだったな。セイヨウタンポポ」
「タンポポ? なんだ、案外普通の女の子だったわけだな」
「案外とは何よ」
プロシュートと他愛もない話していると、誰かに肩を叩かれた。振り返ると、そこには笑顔で立っているペッシがいた。
「ねえナマエ、これあげるよ」
「これ、……押し花の栞?」
ペッシの手にあるのは、黄色い花の咲いた栞だ。こんなものに触れるのもいつぶりだろう、とそれを眺める。
「そう。タンポポの栞。そこで売ってたから、買ってきたよ。タンポポが似合うナマエに、プレゼント」
「タンポポが似合う? 私が?」
もう私は普通の女の子ではない。血に染った女に、タンポポなんて似合うとは思えない。
それでも、こんな可愛らしい花が似合うなんて言われれば、お世辞でも嬉しくなるに決まってる。
「ありがとう、ペッシ」
栞を受け取った。これは今日の思い出として、大事にとっておこう。
「……タンポポねえ」
プロシュートはあまり興味なさげに独りごちた。ふと、タンポポに囲まれるプロシュートを想像してみたけれど、似合うとは思えなかった。それと同時に、きっと私にも似合わないだろうと思ったけれど、それでも構わなかった。
「そろそろ休むか」
足が疲れてきたところで、ちょうどプロシュートが提案してきた。ありがたい、とばかりに私はその提案に乗る。
「そうだね、何か食べようよ」
「ナマエ、食欲ないんじゃなかったのか?」
「もう日も暮れてきて、涼しくなってきたし。気分転換もできたしで、無事にお腹が空いているわ」
私がこう言うと、ペッシがそうだ、と提案してきた。今日はなんだか、ペッシの案内する店に行ってばかりな気がする。
「じゃあさ兄貴、ナマエ、ピッツェリア行こうよ。この近くにあるいい店、知ってるんだ」
「ピッツァか、いいね」
そうして私たちはペッシに連れられ、少しだけ歩いた。そして、近くにあった、少し列ができているピッツェリアに入った。
「じゃあ、適当に頼むか。良いよな?」
「大丈夫だよ」
そして私たちは、人数分のマルゲリータを頼んだ。ピッツァが運ばれてくるのを待っている間に、三人でぽつぽつ話す。
「兄貴、ナマエ、実はオレさあ、ここのピッツァ大好きなんだよ」
「なんだペッシ、おまえ結構この辺の店に詳しいのか?」
プロシュートが聞くとペッシは、それなりには、と頷いた。美味しい店を沢山知っているというのは、結構羨ましい。
「へえ、じゃあペッシさ、今度また良いお店に連れて行ってよ! また、三人でさ」
「……そうだね、また……」
そんなことをしていると、マルゲリータが運ばれてきた。なので会話を一旦中断し、ピッツァを食べ始めた。
「熱っ! ……でも、美味しい! やっぱりピッツァは、ネアポリスのものが一番だよね」
「やっぱり、本場だからね。ナマエも、兄貴も、また来ると良いよ」
「ほんと、常連になっちゃいそう」
話をしながら、アツアツのピッツァを口に運んだ。トロリとしたチーズにふわふわの生地が最高に美味しかったのは、この店の腕の良さからだろうか。
もしかしたら、二人と一緒だからなのかもしれない。そう思いながら、ピッツァを頬張った。
三人で、ぽつぽつと話をしていた。だけど、ピッツァが少なくなってくるのと比例して、段々と会話が途切れてくる。
これがきっと、今日の三人一緒の時間の、最後だからなのだろう。これが終われば、またいつも通りの、血に塗れた日常に戻ってしまうからなのだろう。
そんな日常だって、それほど悪くはない。
それでも私は、二人にこう話しかけた。
「ねえプロシュート、ペッシ」
「何だ」
「何?」
不思議そうな顔をする二人に、私は笑って言った。
「また三人で、街歩こうね」
プロシュートもペッシも、私の言葉に一瞬呆気にとられたようだった。だけど、プロシュートは呆れたように、そしてペッシは嬉しそうにこう言ってくれた。
「まあ、今度な。……言っておくけど、こんなに自由な時間を過ごす日なんて、そうそうないぞ」
「でもさ、オレ、また兄貴とナマエと過ごしたいな」
そして、私たちは笑った。
三人一緒で。
「プロシュート、ペッシ。今日は楽しかった、ありがとう。……今日二人と一緒に街を歩いたから、……今度仕事をする時は、臆することなく行動して、ブッ殺したって言えると思うの」
行動しようと思った時にはもう行動が終わっているって、きっとこういうことだ。まるで、さっき一緒に街を歩こうって言ったばかりのようで、だけど、気づいたら行動していて、そしてそれはもう終わってしまっていて。
私の言葉を聞いて、プロシュートは満足そうに頷き、ペッシは嬉しそうに笑った。
たとえ、人の命を奪う仕事であろうと。
たまにはこんな日があるのなら、どんな困難も乗り越え、頑張れるだろう。
あわよくば、こんな日がずっと続けば良い。私たちなりの平和な世界が続けば良い。そう思った。