■スライムと戯れる話
春の、うららかな日のことだった。
日差しが暖かく、天気もいい。
本当はちょっと散歩をするだけのつもりだった。だけど、あんまり心地が良いものだから――私は花畑で、少し昼寝をすることにした。
魔物が出る森で居眠りなんて、少し、いやかなり不用心。それは自覚していたが、このときの私は、どうしようもなく眠かったのだ。
睡眠欲には勝てない。全部、春が悪い。
無責任なことを思いながら、花の良い香りと太陽の日差しに包まれて――私はまさに、眠りに落ちようとしていた。
そんな時。
「ピキー!」
少年のような、高い鳴き声が聞こえてきて、私は慌てて目を覚ました。それはもちろん、人間のものではなかった。
――本当に魔物が出るとは。
寝ぼけた頭で、内心舌打ちをする。確かに、こんな森のなかで寝る私が悪かったとは思うけど――もう少し寝かせてくれたっていいじゃない!
声がしたほうに目を向けると――青い生き物が居た。小さく、ぷるぷるとした体。スライムだ。
「なんだ、スライムか……」
スライムならこんなに慌てなくても良かったかな、と私は目をこする。
でも、スライム相手とはいえ、油断は禁物だ。相手は魔物だ――半分しか起きていない状態で、私は木の棒に手を伸ばそうとした。
「ピキッ! ピキ、ピキッ」
するとスライムが、急に鳴き出した。スライムが、こんな風に鳴くのは見たことがなかった。この様子は、慌てている、と形容しても良いだろう。
「え、どうしたの」
急な動きに、戸惑った。このスライムは、一体何をしたいのだろう。急に、わからなくなった。
だから、スライムの様子を見ることにした。だがこのスライムに、攻撃しよう、という意思は見られない。
「ピキ、ピキー」
私が木の棒を置くと、スライムは少し落ち着いたようだった。だが依然、スライムは攻撃する素振りはない。
逃げもしないが、攻撃もしない――こんな様子の魔物は今まで見たことがなくて、私は少し、戸惑った。
こんなスライムを見て――昔何かの本で読んだ、スライムの生態について思い出した。――『ぼく、わるいスライムじゃないよ』としゃべるスライムがいるらしい――確かに、そう書いてあった。
それを思い出して、一か八か、聞いてみることにした。このスライムに人間の言葉が通じるかどうか、わからないけれど。
「まさか、自分は悪いスライムじゃない、って言いたいの」
「ピキー!」
言葉が通じた。頷くような素振りを見せたのだ。おそらく、肯定しているのだろう。
「…………」
私は、どう反応していいのかわからなくて、無言だった。戸惑うしかなかったのだ。人間に友好的な魔物の存在は知っていたが、実際に目にしたのは初めてだったから。
すると、当のスライムが、私の方に駆け寄ってきた。
そして、攻撃するでも何をするでもなく、私にすり寄ってきた。
「えっと……」
どうしたのか、と考えて――ふと、思ったことを口に出した。
「なつかれちゃった?」
「ピキー」
スライムは、穏やかに鳴いた。どうやら、ご満悦のようだ。
「……なんだ、結構かわいいじゃない」
今まで、ただの敵だとしか思っていなかったけど――ここで初めて、スライムって可愛い顔をしているんだな、と気がついた。
そう思うと、なんだか愛おしく感じて――思わず、そっと、スライムに手を伸ばしてしまった。
だがスライムは、抵抗する風には見えない。だから思い切って、そっと触ってみた。
「あはは、ぷるぷるだ」
スライムは思ったよりも、ぷる、と弾力があった。それが面白くって、何回も触ってしまう。ぷる、ぷる、と何度も、小刻みに揺れた。当のスライムも、悪い気はしていないらしい。
ただの魔物だと、ずっと思っていたけれど――スライムって、こうしてみると結構かわいいし、一緒にいて面白いな、と思った。
このスライムは、私に対して敵意を抱いていないらしく、安心しきったように見える。
そんな様子を見て、私もようやく、この子に対しての敵意がなくなった。私自身もやっと、安心できたのだ。
こうやって安心すると――さっきまで忘れていた眠気が、また強烈に襲いかかってきた。
だから私は、このスライムに向かって、そっと言った。
「ねえ。一緒に、お昼寝しない?」
「ピキ」
するとスライムは、目を閉じた。スライムも寝るんだなと、今更ながらぼんやり思った。
暖かな日差しと、花の香りに囲まれ、側には可愛いスライムが一匹。
たまにはこんな日も悪くないかな、と思いながら、私もまた、眠りに落ちていった。