■おはようとおやすみ
何気なく娯楽室に向かうと、先客がひとり。沙明がソファで眠っていた。
「沙明? ……寝てるの?」
誰かが居眠りしているところに遭遇するのは初めてだ。こんなところで寝ていると風邪を引いてしまうのではないか……と。そう思いながら何気なく覗き込んで、思わず驚いてしまった。
「……うなされてる?」
うぅ、と。沙明は苦しそうに呻く。悪夢にでも魘されているのではないだろうか。――そう思ってから気がついた。
グノーシアになると悪夢を見る。そんな彼が、部屋で休まずこんなところで居眠りをしている。寝不足なのだろうか。……悪い夢を、見たくないから?
……ならば。今回の沙明は、きっとグノーシアなのだろう。そう思った。
そっと、ソファの隣に座った。彼が起きる気配はない。
「……眼鏡、落ちてるよ」
顔に載っている眼鏡がずれている。邪魔じゃないのだろうか、と。思わず手に取り、外してみた。
眼鏡がない彼の顔を、初めて見た。
――沙明って、こんな顔をしていたんだ。
普段見上げる表情とは、また違う印象だ。無防備な寝顔もあってか、やや幼く見える。まるで、悪夢に魘される子供みたいな。
「沙明? ……しゃーみーん」
そのまま寝かせてあげるか起こすか少し迷ったが、こんなに寝心地の悪そうなところで居眠りするのはあまり良くないのではないか、と思った。寝室で眠ったほうが疲れも取れるだろうし、もしかしたら穏やかな夢を見れるかもしれない。
驚かせないようにそっと声をかけ、軽く揺すぶってみる。すると、沙明はゆっくりと目を開いた。
「おはよう、沙明。よく眠れた?」
「んぁ? ……んだよ、お前か」
そう言いつつ起き上がった彼は、頭が痛そうに顔を顰めた。やけに目を細めてこちらを凝視してくると思ったら、眼鏡がないから一瞬私が誰だか分からなかったのだろう。
「こんなところで寝たら風邪引いちゃうよ? 寝室で寝たほうがいいと思うな」
そう言いつつ彼の眼鏡を渡す。彼はそれを欠伸をしながら受け取った。眼鏡がない彼の姿はなかなか見る機会がないためもっと見ていかったが、そんなことも言っていられない。沙明が眼鏡をかけ直すところを、じっと見守る。
私の視線に気付いたのか、彼は軽薄そうに笑った。
「んー……。お前が添い寝してくりゃもっといい夢見れそうなんですけどね?」
「LeViに怒られるからダメ」
「んだよケチ臭ぇな……」
軽口を叩きつつも、誤魔化されたな、と思った。やっぱり彼は、悪い夢を見ていたのだろう。
「ほら、部屋に戻ろう? ちゃんと温かくして寝たほうが、ゆっくり眠れると思うよ」
「ん……」
寝起きだからか、それ以外の要因か。いつもの元気がない。半分引っ張り起こすように手を取り、共同寝室まで送った。
「……おやすみなさい。いい夢を」
「……ん」
彼はそのまま、カプセルの中に入っていく。
少しでも、穏やかに眠れればいいなと。そう思った。
話し合い以外のところで、グノーシアだと確信してしまうことは、めったにないことだ。特に沙明のような人は、隙を見せることがあまりない。
でも、まあ……議論中に怪しい動きをしていなければ、表立って疑わなくてもいいかなって。夢の中でさえも苦しんでいるのに、話し合いの中でも必要以上に責めることはないかなって。
そう思ってしまう私は、彼にだいぶ甘いようだった。