■一匹狼と二人旅
私は勇者様の名前を知らない。
多分、勇者様も私の名前を知らない。
「勇者様」
私は彼をそう呼びながら、魔王バラモスを倒す旅に同行している。
彼は私に名を名乗ってくれたことは一度もない。ほかの人に名乗ることもない。
そして勇者様は私を、「きみ」と、ただそう呼ぶ。
名前で呼んでくれと、そう言おうと思ったこともあった。だけど、「きみ」と呼ぶ声色が、存外優しくて。
今のところはこのままでいいかと、そう思っている。
だって、勇者様がそう呼んでくれるのは私だけだ。
私と勇者様の、二人旅は。
「勇者様、どうしてもっと仲間を選ばなかったのですか? 旅をしている方は、四人ほどで戦っていることが多いように思うのですが」
「……人と関わることが、あまり得意ではないんだ。だけど、一人ではできないこともある。だからきみを選んだ。でも、きみには、苦労をさせているかもしれない」
旅をしていると、勇者様は一匹狼なんだなあと思うことが多い。そして、そんな彼が私を選んでくれたことが嬉しい。
「では勇者様、あなたが名前を教えてくれないのは……何故ですか?」
「僕は勇者だ。勇者なんだ。だから、みんなにも勇者と呼んでほしい。それが、僕の決意の現れだ」
彼は、一人の少年ではなく、勇者であろうとしているのだろう。自然にそう感じた。
それが彼の決意なら、それに従おう。
この旅が、続く限りは。
「なら、いつか旅が終わったとき、あなたの名前を教えてくれませんか?」
「……僕が、勇者でなくていい日が来たなら。ただの『僕』になる日が来たならば。きみに名前を呼んでほしいと、そう思うよ。そんな日が、来るならば」
私たちの間に、いつかそんな日が来てほしいと、そう思う。
ただの私と、ただの彼になる、そんな日が。
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