■出遭いの裏で

 直感的に理解していた。
 この女の「誇り」を奪わなければ。この女の「誇り」を、切り裂いてやらなければ。
 この女が幸福であり続けること、それがこのDioの障害そのものだ。
 だから――奪った。それだけの話だった。


 最初は単に、金目当ての結婚をするだけのつもりだった。
 金のありそうな孤独な老婦人に近寄り、思わせぶりに愛を囁いてみせる。思った通り、彼女はコロッと偽りの愛の言葉に靡いた。老いた寂しい女をオレの手中に入れるなんて、オレにとっては何より簡単なことだった。
 想定外だったのはここからだ。彼女には養女がいたのだ。
 養女である、老婦人と血の繋がっていない娘――その女の名前なんてどうでも良かった。その女が、オレの復讐相手である農場の男の、ひとり娘と瓜二つであったことが何より問題だった。農場の男には実はもう一人の娘がいたのだと、ここで初めて知ることになった。
 農場の娘のことは、オレはよく知らない。農場の男を探す際に偶然彼女に接触したことはあったが、彼女は自らの父親のことを、農場の男のことを知らなかった。母親の死後に父親に捨てられ、貧民街に堕ちて絶望しながら生きるあの女には、復讐する価値すらないと思った。
 ならば、赤子の頃に川に捨てられた娘の方はどうだろう。捨てられて、貴族に拾われた娘の方は。遺産と、妻となる人の死を見据えながら、オレはそんなことばかり考えていた。


 そして、老婦人の養女に初めて出遭ったとき――オレは確信した。
 幸せそうな女。幸福に生き続けた箱入り娘。自分の罪も、自分の父親の罪も何も知ることなく、金持ちの家に拾われた、幸運で幸福な女。
「あなたがディエゴ・ブランドー……私の義父になる男、ね」
「そういうあなたは――」
 彼女の名前を呼びながら、彼女の仮初の名前などどうでもいい、と思っていた。老婦人に名づけられた、貴族の娘としての名前なんて。
 この女の本質は、貴族の娘なんかじゃない。原罪だ。農場の男は、オレの母親を殺す前に、最初に自らの双子のうち片方を捨てた。その、最初の罪。オレの母親を殺した男の、最初の罪。
 罪を犯した者の娘が、何も知らず、贖いもせずにのうのうと生きている。赦せるはずがなかった。
 目の前の娘にそっと目を向ける。彼女はオレへの殺意を隠しもしない。自分の母親を奪われたと、そう思っているのだろう。
 いいだろう。そんな君を、何よりも罪深い蛇に仕立ててやろう。おまえにも――自分の母親を失う絶望を、教えてやろう。


 そして。オレの決めた通りに、彼女は毒を飲み干し、そして生き延びた。妻となった老婦人は、ただの死体になり――幸福な箱入り娘は、復讐に燃える一匹の蛇になった。


 世界は何もかも、上手く回っている。手に入れれば入れるほど、飢えていく。
 彼女への復讐はほとんど終わったが、世界の全てを手に入れるまで、オレの復讐は終わらない。
 だから、次のステージへ。スティール・ボール・ラン。そこで、地位も名誉も、全てを手に入れる。
 あの女はオレの命を狙うだろう。だが、それでいい。みすみす殺されたりなんかしない――このオレを殺したいという、彼女の最後の「誇り」を、もう一度切り裂いてやる。

 あの女のことすら、憎い女の姿すら、全てがこのDioのものなのだから。


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