■出来心
あれはまだ、私たちが故郷の村でひっそりと過ごしていた頃のこと。
村の中の木にもたれかかって、私の幼なじみ――後に勇者と呼ばれる人――が、うたた寝をしていたことがあった。
「…………」
珍しく、辺りには誰もいない。
ただ、そよ風が心地よく、川の流れの音もする。そしてそんな中、彼は無防備な顔で静かに寝息を立てていた。
もう一人の幼なじみのシンシアがこんな彼を見たら、多分何か仕掛けるだろうと、ふと思った。ほっぺたをつねるとか、その辺に落ちている木の葉を被せるだとか、そんな些細な悪戯を。
しかし、今は彼女はいない。私は、シンシアと共に彼に対し悪戯をしたことは何度かあるか、自分一人でやったことはないということに、今更気がついた。
「……ん」
彼の口から、小さく声が漏れた。寝言だろうか。端正な顔立ちの彼も、こうして無防備に寝ている姿を見ると随分と子どものように見える。
その表情がなんとなく物珍しくて、しばらく見つめてしまっていた。何か悪戯してやろうかという気持ちは、ほとんど出てこなかった。
ただ、私と彼の間には、爽やかなそよ風だけが通っていた。
――どうしてこんなことに。
後に勇者と呼ばれる、村の少年は思案する。
今日の稽古が終了し、柔らかな日差しの下、なんとなく眠気に襲われて眠ってしまっていたようだが――問題は、そこではない。
気がついたら、幼なじみの少女が、自分の膝の上で眠っていたのだ。
少し驚いて、寝ぼけた頭で考える。そしてその後、彼女は自分につられて眠ってしまったのだろう、と結論づけた。
「……全く」
呆れつつも、少年は彼女のことをゆり起こそうとする。しかし彼は結局、手を止めてしまった。
柔らかそうなその身体に触れることを、無意識のうちに躊躇したのだ。
「…………」
彼女を起こそうとしたその右手は宙に浮き、やがて行き場を失う。その手は少しだけさ迷い、結局彼女には触れることなく地におろした。
少年は暫し、彼女の寝ている顔をなんとなく直視することはせずに、軽く空を仰ぎ目を閉じる。
嗚呼、一眠りしたとはいえ、やわらかな日差しが心地よい。
このまま、もう少しだけ眠ってしまっても良いだろうか――
「あらあら」
その様子を遠目で見てた、二人の幼なじみ――シンシアが、微笑ましいものを見るように笑っていたことを知る人は、もはや誰もいない。