■黄金体験に無駄はない
「おや、ナマエ――ずいぶん久しぶりですね」「ジョルノ……。あなたに、聞きたいことがあるの」
仕事上では会っているからそんなに久しぶりじゃないとか、でもまあ確かに個人的な話はしていなかったとか、忙しそうにしてた割には元気そうだとか、言いたいことは山ほどあった。だけどやっぱり、私の口は先走る。この少年に一番聞きたいことは、別にあったから。
だけどその前に――組織のボスとなった少年、ジョルノは余裕ありげな笑みを浮かべて、すでに私の言葉の先を見通していた。
「ミスタのことですか? もっというと――『ローリング・ストーンズ』のことでしょうか」
「……知ってたの」
予想外のジョルノの返答に、私は思わず脱力する。そんな私を見ても、目の前の少年は、優美に微笑むだけだった。
『ナマエ、おまえ、どう思う――?』
ミスタのこの問いに――私は、答えることができなかった。運命のことなんて、私に答えが出せるはずがなかったから。
それでもミスタは特に怒らずに、「そうか、ならいいんだけどよ」と言ったっきりだったけれど。それがありがたくもあったけれど、それより情けなかった。
だから私は今、この黄金のような少年の前に立っている。十五歳とは思えぬほどの聡明さを持つ彼ならば、何かひとつの結論を出せやしないかと。
「ぼくも前、ミスタから聞いたんですよ。そしてその『ローリング・ストーンズ』の本体の青年にも、話を聞いてみましたよ。なかなか、興味深い話でしたね」
ジョルノ・ジョバァーナ――たった数日で、ここまで組織を変えてしまった少年。その石――『ローリング・ストーンズ』というらしい――について、彼はどんな結論を出すのだろう。
「ナマエ。ミスタから、あの『石』の話は聞いたんですよね? あの『石』がブチャラティの死をかたどって、ミスタはそれを破壊したはずだった。そしてあの『石』は、ほかのみんなの死をかたどることはなかった、と」
「……ええ。そう聞いていたけれど」
その話を聞いても、私にはよくわからなかった。ミスタがウソを言っているとは全く思っていないけれど、そうだとすると私にはこの事態についての理解が追いつかないのだ。
私の様子を見てか、ジョルノは静かに言葉を連ねた。彼が告げた事実はいささか、残酷でもあった。
「あの『石』には、続きがあったそうです。ミスタはあの石を、完全には破壊できていなかった。形に出たものは、変えられなかった――『石』はもはや砂のようになり、それでもブチャラティの死、加えてナランチャとアバッキオの死までもかたどった」
「あの、二人のも……?」
「そう。そして、ブチャラティはあの場あのときに死ぬことはなくなったけれど、ブチャラティの死がほんのちょっぴり先延ばしになり、アバッキオとナランチャの死も確定されたそうです」
ジョルノは静かに言う。彼の言葉を少しだけ考えて――私は、残酷な事実に気がついた。
「それって――じゃあ彼らの死は、本当に決定されていたことだっていうの? あらかじめわかっていた、避けられない、どうしようもないことだったっていうの?」
感情的になって、私は言う。
それなら。それなら。……それなら。
私たちが――彼らが、自分の意思で動いたように見えていたのはまやかしで。
ただ、運命に従って、定められた道の中を窮屈に動いていただけではないのか。
まるで、奴隷のように。
「それなら……私たちは、運命に逆らうべきだった! 組織を裏切るべきなんかじゃあなかった! そうすればもしかしたら、全員生きていられたのかもしれないのに……ッ」
お気に入りのものを取り上げられた幼児のように喚く。仮に私の言った妄言が事実になっていたとして――今と結果が変わるわけではないということは、わかっていたはずなのに。
それでも私は、駄々をこねるのをやめられない。それは一体、何に抗おうとしているのだろう。
私がこうして喚き散らすことも、運命だと言うつもりなのだろうか。
「そもそも、運命なんてなければよかったのにッ……嗚呼、歯車が狂ったのは、いつなの……?」
「本気で言っているんですか、ナマエ」
諭すように、少年はゆっくりと言葉を連ねる。その姿はまるで、教えを説く聖職者のようでもあり、預言者のようでもあった。
「歯車は狂ってなんかいない、ナマエ。たとえ、過程の上で運命に歯向かおうと、彼らの、ぼくらの結末は、変わらないものであったはずだ。『もしもあの時こうしていれば』――それを考えたところで、それは無駄なことです。あそこで何をどうやっても、ぼくらの運命は決まっていた。だから、後悔しても何も変わりません」
私は喚くのをやめて、ただじっと唇を噛む。
わかっている――わかっているつもり、なのだけど。
「運命に逆らうことはできない――ぼくらは、運命の奴隷だ。それは、確かにその通りだと思います」
ジョルノはさらに言葉を紡ぐ。
それはどこか、自分に言い聞かせているようでもあった。
「そかし彼は、ミスタは、それでも抗おうとした――ブチャラティの死は変えられなかったが、それでも彼があのときあの場で死ぬという運命は、わずかに変わった。そして、アバッキオとナランチャの運命も、そして、ぼくら全員の運命も」
ミスタが、弾丸で道を切り開く様子が、頭の中に浮かぶ。そしてその道を、彼らみんなが進んでいるのが見える――
「だけどこのことによって――ブチャラティは救われたんだと、ぼくはそう、思ってもいいと思います。……傲慢ですかね?」
「どういうこと……?」
「あのとき『ローリング・ストーンズ』のときにブチャラティが死ななかったことで、確かに運命は変わったんです。『死』という運命は変わらなかったけれど――そこに至るまでの過程は大きく変わった。ブチャラティはディアボロのことを裏切ることに決めた。覚悟を決めて、自分が正しいと信じる道を進むことができた。その過程には、確かに意味があったと思います――もちろん、ブチャラティ以外のみんなも。そして、それはフーゴも例外でないと思っています」
ブチャラティは、救われた。生き返った。それは他のメンバーも同じだったのか?
あの日あの時、彼らが死ぬことは、どうやっても決められたことだった。だけど――死ぬという前に、何をするかということこそ、何より重要だったのか?
彼らは、自分の持つ正義を貫いた。
「ぼくらが、君が、あのとき自分の道を信じて進んでいったという過程は、決して無駄ではない」
彼らの生き様はまさに――何にも例えられないほど美しかったと、そう言っても良いのだろうか。
私は彼らのことを思い出し、そして軽く俯いた。
「そしてぼくらは、意思を受け継ぎ、過程を進んでいくんです。たとえ、その先にどんな結果が待ち受けていようとも」
逝ってしまった人たちから受け継いで、私たちは行動する。今度からは「そうするしかなかった」ではなく、「そうしていく」のだろう。否――気がついていなかっただけで、きっと、彼らのうち誰もがそうだったのだろう。
そして、ブチャラティたちはきっと、救われたのだ。
もし、――こんな妄想をすること自体、無駄なことなのかもしれないが――ブチャラティが組織を裏切らずに、トリッシュをボスに引き渡して、彼が死ななかったとして、その後彼が救われることはあっただろうか。
答えは、否だ。
ブチャラティは自分の信じる道を進んだことで、正義を貫いた。彼は確かに、救われたのだ。
この眼の前に座る、黄金のような少年によって。
そしてそれは、ナランチャもアバッキオも、そして私たちみんなにとっても同じことで――
「ナマエ。――探していた答えは、見つかりましたか」
「……ええ」
ミスタの質問の答えになるかどうかは、わからないけれど。これでも一応、私なりの結論は出したつもりだ。
私一人では理解できなかったことの意味を――十五とは思えぬほどの聡明さを持つ少年に導かれて、私はようやく気がついた。
「今度からは――忘れないで、生きていきたいものね」
ジョルノは頷いた。その表情は、十五とは思えないほどに、大人びていた。
「ナマエ、君は――ぼくに着いてきてくれますね?」
「……今までも、そうしてきたつもりだったけれど」
私が答えると、ジョルノは軽く微笑んだ。そして、言葉を続ける――どこか、意地悪する少年みたいな顔に見えたのは、私の気のせいだろうか。
「君はブチャラティには従っていたかもしれない。そして確かに君は、ディアボロを倒してから今までも、『組織』に従属していただろう。ただしそれは、本心から納得してのものではなかったはずだ。心のどこかで、ひっかかることがあったはずだ」
「…………」
ある意味、図星とも言える言葉に、私は目をそらす。だけどジョルノはどこまでもまっすぐに私のことを見つめ、そして微笑んだ。
「ぼくに着いてきてください、ナマエ。そして一緒に、去ってしまった人たちから受け継いだものを、ぼくらが先に進めるんです」
ジョルノの言葉。私は少しだけ考えて、そして頷いた。
「ええ。あなたへの忠誠を、心から誓うわ。――逝ってしまった、『彼ら』にも」
確かにこの国には黄金の風が吹いていると思いながら――私は彼の手を取る。
私がギャングになったのは、この日のためだったのかもしれないと、そう思いながら。
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