■弾丸が切り開いた問いかけ
「よぉ、ナマエじゃねーか。おめーも昼休み中か?」街のカフェテリアでコーヒーを飲みながら考えごとをしていると、聞き慣れた声に声をかけられた。
私は、自分でも気がついていないくらいぼんやりしていたらしく、一瞬声の相手のことを判別することができなかった。
「……ミスタ?」
私が呆然としながら返事をすると、ミスタは以前と変わらない調子で笑いかける。
だから私も、なんとなくつられて笑ったが――なんだか、『組織』に関係しない場でミスタに会ったのは、随分と久しぶりな気がした。
トップ――ジョルノの側近となったミスタとは、久しく個人的な話ができていなかった。
それでもミスタは、いつもの調子で私に笑いかけたのだ。少し嬉しそうに、どこか呆れたように。
「シケた顔してんなあ、ちゃんとメシ食ってんのかよォー? 昼休みはキチッと食事をとって休憩し、午後からの仕事に備える! この国で生きていくときの基本だぜー」
「ご飯は、ちゃんと食べてるけど」
思わず苦笑しながら、彼の質問から逃れるようにコーヒーを啜る。当たり前のように、苦みが私の舌の上に広がった。
「じゃあなんだ、何か悩み事でもあんのかよ」
「…………」
どう返事をしたものかとコーヒーを口に含み、喉元を通す。彼の言葉で私は、さっきまで考えていたことのことを思い返していた。
「後悔はないさ」
そうは言っていたけれど、本当に救われていたのか、私には未だにわからないブチャラティ。
「あの人に着いていこうと思ったんだ。オレは、ブチャラティの命令なら何も怖くない」
自身の意思で選択して、この道に入ったナランチャ。
「忘れちゃいけねえんだよ。……絶対にな」
何か重たい過去を背負うアバッキオ。
どうしようもないひとつの道を前にした彼らにとって――どこか遠くに行ってしまった彼らにとって――この結末は、本当に良いものだったのか?
「後悔はない……。こんな世界とはいえ、オレは自分の『信じられる道』を歩いていたい!」
「オレの落ちつけるところは……ブチャラティ、あんたといっしょのときだけだ」
「オレに『来るな』と命令しないでくれ――ッ! トリッシュはオレなんだッ! オレだ! トリッシュの腕のキズはオレのキズだ!」
あのときの、みんなが下した決断。そして、誰にも砕けない『覚悟』。
「あんたは現実を見ていない……理想だけでこの世界を生き抜くものはいない」
「君らは、君らが、正しかったとは思う。だがぼくには、そうするしかなかったんだ。ぼくにとっては……」
組織を裏切らない、ボートに乗らないという、彼にとってもどうしようもなかった決断を下したフーゴ。
「あたしも……乗り越えるわ……。『運命』にビクついて、逃げたりもしない……!」
「あたしはあたしなりに、幸せに生きていくつもりよ。だって、そうじゃないと――みんなに、顔向けできないものね!」
彼らに貰った命を受け継いでいく、絶対に壊れない意思を持ったトリッシュ。
そして――目の前にいるミスタと、黄金のような少年。彼らの顔が交互に入れ替わり、そして消えていく――
「この結末はみんなにとって最善だったのかしらと、そう思っていて」
目の前にいるミスタの目を見ないまま、私はぽつりと呟く。ミスタは何を考えているのか、軽く相槌を打った。
「この結末、な」
「それとも、これが運命だ、っていうことかしらね」
そこまで口に出したところで、思わず苦笑する。我ながら、何を考えているのだろうか。
そんなこと考えたところで、ミスタに言ったところで、この答えなんて出るはずもないのに。
ところが、ミスタは――予想に反して、難しい顔をして考え込んだ。そして――ひとつ、気になることを言い出したのだ。
「……あのよー、ナマエ。えと、ちと聞いてみたいことがあるんだよ。その、なんつーか、単なる好奇心といえば、そうなんだけどよ。おめーがどういう答えを出すか、ちょっと気になって」
「え? なに?」
突然何を言い出すのだろう。私は首を傾げ、彼の言葉の続きを待つ。
すると、ミスタの言葉の続きは――かなり、突拍子もない発言だった。
「オレがブチャラティの運命を、変えたと思うか……?」
「……は?」
私は自分の言動も棚に上げて、ミスタの言葉を訝しむ。
ミスタは、そんな私に気づいているのかいないのか――さらに、不思議な言葉を私に投げかけた。
「もしよ、運命が決まっていて、それがあらかじめわかっていて、それを変えようとして――オレがそれを変えられたと思っていた、って言ったら信じるか?」
「どういう、意味」
呆気にとられながら彼に問いかけると、ミスタはとぎれとぎれ、こんなことを語りだした。
死、という、どうしようもない運命を形どる石のこと。その石が、近いうちに死ぬ運命になる者の姿になると、その者は死から逃れられないということ。
「それ……って、スタンド能力ってこと?」
「ああ、そうみたいだった……しかも、本体にもどうしようもない能力なんだって、言ってたぜ」
そしてミスタは続きを話し出す。石は近い未来に死なない者の姿にはならないため、死なないことが運命づけられた人間は、何をしようとどんな無茶をしようと、決して死ぬことがないこと。
そしてミスタは――ブチャラティの石を、破壊したはずだということ。そしてさらには、その石はアバッキオとナランチャの姿は、形作っていなかったはずだということ。
彼の言葉を聞いているうち――彼らの死に顔を思い出した。そしてそれが――知らないうちに、石像の姿のように変わっていく。
まるで最初から、その石が目の前に存在していたかのように。
「それ、どういうこと……?」
彼の言葉をなんとか咀嚼したけれど――それでもわけがわからず、私は逆に問いかけてしまう。
それでもミスタは、やはり首を振るだけだった。
「オレも、よくわからねーんだ。あんまり複雑に物事を考えるのはニガテでね。だから、ナマエ。オレは、おめーの意見を聞きたい。ナマエ、おまえ、どう思う――?」
この問いに対して、私は――
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