■己の意思で飛び回れ

「なーにしてんだよ、ナマエッ」
「……ナランチャ」
 特に何かをしていたわけではない。この間、ブチャラティと会話していたことを思い出しながら、なんとなく空を見上げていただけだ。
 本当に彼は、この道に後悔していないのだろうか――そう、考えていただけだ。
 目の前の少年は、無邪気に私の顔を覗き込んでくる。その様子を見て、私はやや、苦笑した。

「別に何でもないわ、ナランチャ。気にしないで」
「そうか?」
 私が曖昧に答えると、ナランチャは首を傾げる――腑に落ちていないのだろうか。
「ま、なんか悩み事があるんなら、オレがいつでも相談に乗ってやっからよッ」
「……じゃあ、ナランチャ」
 もしかしたら、彼は私を心配してくれているのかもしれない――そう思い、それなら、と彼にも聞いてみることにした。
「ねえナランチャ、あなたはなんでギャングなんかになったの?」
 するとナランチャは目をぱちくりさせて、意外そうに聞き返した。
「あーっと、オレが?」
「うん。ちょっと、気になったの」
 口に出してから、そうだ――と思った。彼だって、本当に、この道を進むことに納得しているのだろうか。いつもフーゴに勉強を教わっている彼のことを思い出しながら、私は考える。
 ナランチャは、小学校にもまともに通っていないことから、勉強ができないことを気にしていて、それを乗り越えようと努力している。だけど、そもそも彼がどうして学校にまともに通っていなかったのか――私は、それを知らない。
 勉強したいと自分から思える少年が、何故ギャングになったのか。私は、それも知らない。
「んー、そうだなァ……」
 何を言うべきか、何を言わないべきか。彼は答えをまとめあぐねているようで、うめき声にも似た声をあげる。
「あ、別に、言いたくなかったら良いんだけれど……」
 この間に比べて、私の口はどうも控えめだ。
 私の言葉に対しナランチャは、少しだけ空を見上げていただけだった。

「オレはな、ブチャラティに救われたんだよ」
 ナランチャはやがて、口を開く。その言葉を聞いて私は、
 ああ、私もだ。
 そう思った。彼も私と同じだったのか――私がそう感じ、勝手に共感していると、ナランチャは言葉を連ねる。
「あの人に着いていこうと思った、あの人とその仲間のために働きたいと思った……」
 ナランチャは遠い目をして、ぽつぽつと呟く。その瞳は私ではなく、別の何かを見ているようだった。
「オレは、ブチャラティの命令だったら何でも聞く。ブチャラティのことを信じてるし、ブチャラティの言うことならなんにも怖くないんだ」
 拳を握りしめ、軽く目を伏せて彼は言う。
 いつも子供らしい彼が、すごく大人みたいに見えた。それこそ、私なんかよりもずっと大人みたいだ。
 そしてそこには――ブチャラティへの絶対の信頼と、愛情、そして忠誠心があったのだ。

 だから――ふと、少し気になることがあって、私はぽろりとこう言ってしまった。
 何も考えず、ただ無神経に。
「じゃあナランチャ、ブチャラティが死ねって言ったらあなた、死ぬの」
 ふと、こう言ってしまって――直後、後悔した。捉えようによっては、ブチャラティにもナランチャにも、失礼な発言だと言うのに、私は。
 内心慌てている私を他所に、ナランチャは少し息を吐いて、そしてこう言うだけだった。
「……ブチャラティが、オレに向かってそんなこと言うはずねーよ。オレだけじゃない、君にも、他のみんなにも、ブチャラティは絶対にそんなことは言わないんだ」
 だけどナランチャは、決して怒らなかった――信じている人を『侮辱された』と感じてもおかしくないのに。彼は諭すように、ゆっくりとこう言っただけなのだ。
「だけとな、オレは、ブチャラティの命令なら何も怖くない。もし、そんなことはありえねーけど、ブチャラティが本気でそう命じたなら――オレはそれに従うよ。あの人の命令なら、オレは怖くない。後悔も、ない」
 ナランチャのこの言葉を聞いて、私は思った。これが、『ナランチャがギャングになった理由』の、答えではないかと。
 彼がギャングになった理由としては、必ずしも、「どうしようもなかった」わけではないのかもしれない。もしかしたら、学校に行こうと思えば行けたのかもしれないし、ギャングにならないことは、不可能ではなかったのかもしれない。
 ただ、ナランチャにとっては、「ブチャラティに着いていく道」こそが、正しい道であり、信じる道であった。
 彼にとって信じる道とはきっと、この場所しかなかったのだ。

「あ、いっけね――ッ! フーゴに宿題、出さなきゃなんねーんだった! ナマエ、悪ィ、話はまた後でな!」
「え、ええ。また今度ね」
 呆気にとられている私を置いて、ナランチャは真っ直ぐに駆け出していった。どこまでもまっすぐに、迷いなどなく。
 その背中を見て、私は思う――もしかしたら、彼が学校に行って、平和に幸せに暮らすといった世界も、ありえたのかもしれない。
 そう考えると、なんだか悲しかった。

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