■甘えたいの!

 地獄の傀儡師と同棲しているなんて、私も随分変人だなあと思う。しかも、彼の恋人だなんて。時々、奇妙な気分に襲われるのだが、高遠さんはそんなことはお構い無しらしい。彼のことをふと見てみると、彼は珈琲を口へ運んでいた。
「……高遠さん」
 私が遠慮がちに話しかけると、彼は、なんでしょう? と振り向いた。聞こえなくてもいいや、と思いながら呟いたので少々面食らったが、そのまま話すことにした。
「……甘えさせて欲しいの」
 高遠さんは面白いものを見た、と言わんばかりに目を細める。一応地獄の傀儡師とは恋人関係にあるとはいえ、私たちはほぼそれらしいことをしたことがない。精々、一緒に住んでるくらい。寝る場所も違う。
「珍しいですね。苗字さんがそんなこと言うなんて」
 今更になって、自分の言ったことが恥ずかしくなってきて、俯く。私からそう言うことも、勿論彼からそういったことを言われることはなかった。
「だって、私だって、高遠さんに少しくらい甘えたいですよ」
「……そうですか」
 クツクツと肩を揺らす。その様子を見て少しムッとしたところで、高遠さんは楽しそうにこう言ったのだった。
「では、苗字さん。そうして欲しい、と言うのなら、私をその気にさせてみてください」
 
「……その、気に」
 随分難しいことを頼んでしまったのかもしれない。今まで高遠さん以外に男性経験がないわけではないのだが、高遠さんは彼らとは全然違う。故に、私の経験は全くもってアテにならないのだ。
「難しいことを言いますね。私、高遠さんとそれらしいことしたことないのに」
「苗字さんならできるんじゃないですか? 今まで、男性を何人誘惑して、何人殺してきたんです?」
「やだ、からかわないでくださいよ。それに、彼らは単純そうだから私でも誘惑できるな、って思ったんです。高遠さんに同じ手が通じるとは思いません」
「ならば、試してみてはいかがです?」
 余裕綽々な高遠さんを見て、私はため息をついた。高遠さんくらい余裕がある人に、私の手が通用するとはとても思えない。そもそも誘惑したところで、甘えることができるのか?
「……ねえ、高遠さん」
 するすると、高遠さんの脚に手を伸ばす。わざと高遠さんの目線より低い位置に顔を置き、意図的に、それでなるべく自然に見えるように上目遣いをする。高遠さんの顔に、私の顔を近づけた。高遠さんが私を見下ろす視線に、私は興奮してゴクリと唾を飲む。
「甘えさせてほしいの、ダメかしら? 遙一さん……」
 瞳を潤ませてそう言った。これが私にできる限界。「それで?」と言われたらもうなすすべがない。
「フム……。まあ、いいでしょう」
「本当ですか? やったー!」
 緊張の糸が途切れた。ついはしゃいでしまって、慌てて口を塞ぐ。これで「やっぱりダメです」とか言われたら、損だ。わざわざこんなに恥ずかしいことしたのに……。これから殺す相手になら大丈夫だけど、高遠さん相手にはあまり大丈夫じゃない。
「じゃあ、膝枕してもらってもいいですか? それとも抱き枕がわりになってもらってもいいです? あ、すみません調子乗りました、やっぱ膝枕だけで充分です」
「……膝枕でも抱き枕でもしていいですよ」
 え? と高遠さんを見上げる。「その気にさせてみろ」とか言ってたくせに、何そのサービス精神。素敵。
「その代わり、先に私が甘えさせてもらってもいいですか? 苗字さん」
 その穏やかな声色に、私の脳が身体中に警戒を鳴らした。なんか……、少しヤバい気がする!
「ええっと……、それは何をしたら、いいんですかね?」
 悪い予感は、的中した。高遠さんが私の上に乗る。
「高遠さん、ええと、まだ昼間というか、私たち、まだそこまでする段階ではないというか、ええとですね……」
 思わずテンパって、上手く口が回らなくなる。混乱する私を見下ろしながら、高遠さんは囁くのだった。
 
「名前」

 突然名前を呼ばれて、思考が止まる。
「名前、名前、名前。後で甘えさせてあげますから、少し我慢してください。その気にさせた、名前が悪いんですよ」
 高遠さんは首筋に噛みついた。色気もなにもない小さな悲鳴が口から飛び出す。
「あと、これからも名前で呼んでください。愛していますよ、名前」
「よう、いち、さん……」
 地獄の傀儡師に真っ直ぐ射ぬかれ、心が彼色に染まる。

 嗚呼、もう! こんな人を愛してしまった私は、やっぱり変わり者だわ!

 心の中でそう叫ぶ私を見て、遙一さんは笑いながら口づけを落とすのであった。


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