■彼の強さは

 檻から放たれた魔物、キラータイガー。
 鋭い牙による攻撃をものともせずに、戦いに挑む二人の王子と一人の王女。
 特に、呪文も使わず、先頭に立つ青き王子が。剣のみで、その魔物の急所を的確に攻撃し、圧倒的な力でねじ伏せたその彼が。
 かっこいい、と。ただそう思った。


 ロトの血筋でも何でもない私が、ロトの勇者の子孫たちと共に旅に同行している。それは、私のお父様であるデルコンダル王の願いだった。
「わしは強い者の味方じゃ。そのため、娘であるデルコンダル王女――ナマエのことも、立派な戦士として育て上げたつもりじゃ」
 キラータイガーと王子たちの戦いを見届けた父は、上機嫌で彼らに話しかけた。それは強き者を好む父らしい、勝手な提案であったが。
「ローレシアの王子ロラン、サマルトリアの王子クッキー、ムーンブルクの王女アイリンよ。どうじゃ? わしの娘、デルコンダルの王女ナマエを、ハーゴンを倒す旅に同行させてはくれんか?」
 だが。その勝手な提案は。私からしても、魅力的なものであった。普段だったら、父の非礼を詫び、辞退しただろうが。
 しかし、今の私は。彼らの戦いぶりに、ローレシアの王子の強さに。完全に惚れ込んでいた。
 私もやはり、この父の娘なのだろう。旅に出て、見たこともない強き魔物と戦ってみたいという感情が湧き上がっていた。
 彼らと共に戦いたいと。そう思っていた。
「私からも、お願いします。生憎、ロラン王子ほど重いものは持てませんし、呪文も簡単なものしか使えませんが……魔物を一撃で殺すのは、得意です」
 そして、礼。クッキー王子とアイリン王女は戸惑ったように目配せしていたが、そんな二人の前に、ロラン王子が一歩踏み出した。
「いいでしょう。ナマエ王女。俺達は、あなたを歓迎します」
 毅然と、堂々と、胸を張って。私を迎え入れた王子ロランは。
 やはり、誰よりも強く、そして格好良かった。


 ロトの子孫たち、つまりは血縁同士の彼らの旅に同行することに、最初は少々引け目を感じたものの。
 すくに馴染んだ。
 それは歳が近かったこともあるし、そもそもロトの血縁である彼らも、この旅が始まる前は数回顔を合わせたことがある程度で、あまり親しかったわけではないらしい。頼もしい仲間が増えた、と。クッキーもアイリンも嬉しそうだった。
 ただし――私が惚れ込んだ、そして私を迎え入れた当のロランは、何を考えているのか分からなかったけど。


 ロランは、強い。
 だがその彼が苦戦するくらい、この世界の魔物たちはより強いのだ。
「ナマエっ! 後ろだ!」
 ロンダルキアへの洞窟で。強い魔物たちに囲まれ、絶体絶命の今。
 攻撃を避け、反撃をして急所を突こうと懐に飛び込んだが、……上手くダメージを与えることができなかった。まずい、逆に私に攻撃が向かう――
 思わず目を瞑りそうになった、その時。ロランが不意を打って、その魔物に攻撃してくれた。
 沈黙。どうやら、彼の圧倒的な力により、一撃で仕留められたようだ。
 私が相手していた魔物が最後だったらしい。アイリンもクッキーも、心配そうにこちらを見ていた。
「ありがとう、ロラン」
 素直にお礼を言ったが、ロランは首を振るだけだった。
「……礼には及ばない。俺も、いつも助かっているよ」
 そうだろうか。ここの強い魔物たちと戦っていると、少し自信がなくなってくる。
 呪文もホイミくらいしか使えないし、力もあまりない。ただ、急所を突いて、少ない力でも魔物を殺すのが得意なだけだ。
「ねえ、みんな。一旦出直した方がいいんじゃないかしら。ロランもナマエも怪我をしているし、私たちの魔力ももう少ないわ」
「賛成。僕、もう疲れちゃったよ」
 アイリンとクッキーの言葉に、私たちは無言で頷いた。全員が、疲れきっていた。
 ロンダルキアの二階層。それより上に登ることのできる日は、まだ遠そうだ。


 アイリンのリレミトで洞窟から脱出して、キメラのつばさを放り投げてベラヌールへ。
「ここの宿屋に泊まるとハーゴンの呪いのこと思い出すんだよな……」とぶつぶつ言っているクッキーを宥めつつ、宿に泊まることにする。
 男子と女子で別室だったが、アイリンは早々に眠ってしまった。リレミトで最後の魔力を使い果たして疲れきっていたのだろう、無理もない。
 だが、私はまだ眠れそうになかった。いろいろと考え込んでしまいそうになったからだ。少し夜風に当たってこようと、そっと宿屋から抜け出す。
 水の都ベラヌール。月明かりに照らされる水の透明さは幻想的だ。その景色に見惚れながら歩いていた、その時。
「……ロラン?」
 見知った男が、私の好きな人が、剣の素振りをしているところに出くわした。
 真剣な表情で、懸命に努力する彼の姿は。美しいと、そう思わされるものであった。

「ナマエか」
 私に気が付いたロランは、剣の手を止めてこちらを振り返る。私は慌てて、彼に声をかける。
「寝なくていいの? 休んで、傷を癒やさないと」
「あと少し振ったら寝るよ。……俺も、もっと強くならなきゃな」
 独り言のように呟かれたその強い言葉に、口を挟むことはできなかった。なので私は、彼が素振りを続けるのを、じっと眺めた。


「……変わってるな」
「何が?」
 ようやく手を止めたロランは、やや怪訝そうな顔をして私を見つめてきた。
「俺の修行光景なんか見てても、面白くないだろ」
「そんなこと、ないよ。私も頑張らなきゃって、そう思わされた」
 本心だった。見惚れているというのももうひとつの事実だったが、それは口には出さない。
 力もない。強い呪文も使えない。そんな私にできることは、誰よりも先に動き、魔物の急所を突いて一撃で葬ること。だが最近は、失敗することも多かった。
 そんな私の言葉に、何か思うことがあったのか。彼は唐突に、こんなことを言い出した。
「俺は……クッキーのことも、アイリンのことも。……ナマエのことも、守れる奴になりたい。皆の傷は俺が引き受けてやりたいし、魔物を仕留められる力がもっと欲しいんだ」
 普段寡黙な彼がここまで心情を吐露してくれるのは珍しい。ロランも最近の敵の強さに圧倒されてしまっているのか、それとも別の要因か。それは分からない。
「だから、俺は助かってる。ナマエが、最初に敵に攻撃して、一撃で仕留めてくれることに。最初に敵数を減らしてくれると、かなり楽になるから」
 だが彼が、私に対してこんなことを言ってくれること。それは、とても嬉しいことだった。

「私の急所突きの成功確率は、五分ってところだけどね……」
 ただ、思わずそう自嘲してしまったけど。最近私の攻撃があまり敵に通らなくて、苦しい思いをしていたところだったから。
「それでいいんだ。俺はお前になれないし、ナマエ、お前も俺になれない。全員、得意なことは違う。俺は力があるけど、呪文は使えない。……だからこそ、パーティが成り立つんだろ」
 だがロランは、彼らしい、強い言葉で励ましてくれる。自分らしさを伸ばせばそれでいいのだと、そう言ってくれているようで。
 その言葉に。私は、自分自身も強くなったような、そんな気がさせられた。
「……ありがとう、ロラン。……うん、頑張ろう! きっと私たち四人なら、いつかハーゴンだって倒せて、未来を掴めるよ!」
「ああ、そうだな。その意気だ」
 そう言って頷いたロランは。月明かりの下にいる、青き王子は。
 彼にしては柔らかく微笑んでいたと。少なくとも私には、そう見えた。


 次の日。強い敵をなんとか薙ぎ倒しながら、初めて、私たちはロンダルキアの三階層へと辿り着いた。私の急所突きも、今日は調子が良いらしく、かなりの敵を葬れた、と思う。
 とはいえ、まだゴールは遠いだろう。更に強くなる敵の強さに、否が応でもそう思わされる。
 だけど、みんながいれば、ロランがいれば。
 きっと、この長い道程も乗り越えられる。ハーゴンまで辿り着ける。そして、この旅が終わったら、そのときは――
 魔物を倒すパーティではなく、ロランと、ナマエとして。未来を掴めたらいいな、と。私はただ、そう思うのであった。


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